NPO法人 彦根景観フォーラム

彦根まちなか見聞録 近江八坂ふるさと絵屏風が語るもの

それぞれの彦根物語67
 9月12日(土)の「それぞれの彦根物語」では、地域の高齢者の記憶を心象絵図に結晶させた「ふるさと絵屏風」の世界を、上田洋平さんが語った。
 上田さんは、彦根市八坂町にある滋賀県立大学の地域づくり教育研究センター地域再生学座の若手研究員で、地元学で新しい手法を開発した。その手法は「心象図法」と呼ばれ、地域づくりに新しい光を当てるものだ。上田さん達はこの方法で美しい「近江八坂絵図」を作った。
 お話は、前半が心象図法の背景や方法の説明、後半は「近江八坂絵図」の絵解きとなったが、後半は落語のようなおもしろさ、うんうんと頷いてしまう臨場感だった。
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心象図法とは
 心象図法は、簡単に言うと、地域に暮らす一人一人の「五感体験」を集め、語り合いながら、自分たちが暮らし、愛する地域、「心のふるさと」のイメージを、一枚の大きな絵図に仕上げてゆく手法で、地域の老若男女が世代を超えて地域のイメージを共有するきっかけになる参加型の楽しい作業であり、ふるさとを発見しまちづくりにつながるものとして注目を集めている。

 心象絵図の武器としての強みは、地域を全体として捉え地域の生活体験を「百聞を一見にして」見せるところ、そして、地域の人が自ら語り出す「地域のこころ」に迫る技であるところだ。具体的な手法は割愛するが、できあがった心象絵図は美しい屏風になって、次世代に語られるというだけではなく、地域の宝物として公民館などに飾られ、まちづくりのシンボルになるのだ。

「身識」を誘発する「ふるさと絵図」
 ふるさと絵屏風の効果は驚くべきものだ。
 日本は昭和30年代を境に大きく地域の生活が変貌し始める。主に地域の高齢者の体に刻み込まれた生活の記憶から描かれたふるさと絵屏風は、昭和30年代の「身識」(体にしみこんだ知識を意味する。個人の体験に裏付けされていない「知識」の対義語として上田さんが使う用語)の集大成であり、絵解きの会では、口々に思い出話が出て実演が始まる。

 上田さんが見せてくれたビデオでは、田植えの絵をみて「おばあさん」が、「苗をこう持って、こういう風に、ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、(素早く一歩下がって)ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、」と、腰を落としてリズミカルに苗を植える仕草を実演してみせた。あまりの見事さに周りからほめられると「これができるまで、姑さんからみっちりしこまれたなぁ」と照れ笑いしながらも得意そうだった。身体が田植え動作を覚えていることを実感させる姿だった。

 いま注目されているのは、認知症の予防、ケアに対する効果だ。8月23日、高島市で脳科学者茂木健一郎を招いたシンポジウムでは、絵屏風を使った回想法が認知症の予防・ケアに役立ったことが報告がされた。現在、高島市では「はあとふるマキノ」や市内5カ所の地域サロンで絵屏風回想法の本格的な有効性評価を進めている。

広がる「ふるさと絵屏風」づくり
 地域の「身識」を「百聞を一見にする」ふるさと絵屏風づくりは、滋賀県内各地に広がっている。すでに13近くの地域で絵屏風が完成し、さらに幾つもの地域で上田さんの指導を受けて作成中という。寺子屋力石にも草津市の駅前商店街で絵屏風づくりに取り組もうという人たちが、話を聞こうと参加されていた。
 
 これほどの人気の秘密は何だろうか。一つには「なつかしい」ということがあるだろう。
 それ以外に、地域というものの意味や厚みが現在とは全く違うことが実感できる。我々は、その土地に住んでいるだけで、仕事や学校は別の地域に通い、買い物は郊外のスーパーマーケットで地域とは無関係のモノを買い、遊びには都会や観光地に出かけていく。暇になれば家でテレビを見ている。子ども達はビデオゲームに興じている。実体としての地元との接触面の大きさが格段に違う。5感による「身識」がとても少ないのだ。
 それが、絵屏風による絵解きを体験すると、追体験であっても、楽しくって、生き生きとしていて、すごくおもしろい。脳が求めているものを与えられて喜ぶという感じなのだ。
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絵解き「近江八坂絵図」
 「さぁさぁ、お立ち会い!これなるは、近江・八坂の昭和30年代の暮らしを描いた絵図にこざいます。」と上田さんが、寄席の落語を真似て扇子を振りながら、軽快なテンポで絵解きを始めた。金泥をつかい洛中洛外図のような美しい近江八坂絵図を描いた岡本康臣さんも彦根の若者だ。上田さんの絵解きのおもしろさを文章で再現することは不可能なので、絵屏風を解説する。

 絵屏風は右から春夏秋冬と描き分けられている。春、レンゲの花を水田に鋤き込むと水路にピンク色のゲンゲ汁が流れ、アクの強さに魚が酔って浮かび上がる。それを子ども達がすくって晩ご飯のおかずにした。その隣を嫁入り行列が行く。花嫁は白ではなく黒の和服に角隠しをつけ、荷物を担いだ人たちの後を歩む。琵琶湖岸の砂地の畑には「らっきょう」が栽培されている。女性が肥料をやっているがこれは小鮎だという。犬上川では産卵期に大量に小鮎がとれたので肥料にしたのだ。屏風の中央には木和田神社の祭の行列が描かれる。湖岸には地引き網を引く人、シジミ貝を捕る人、鮎のオイサデ漁が描かれ、沖の多景島をめざして神社のお供えを積んだ多くの小舟が漕ぎだしている。浜辺に腰を下ろしている男女は夏の夜の夕涼みだ。かたわらに蚊よけのたき火があり、その火が点々と夜の水辺に見えたという。また、冬には、漬け物用の大量の大根を「はさ」に架け寒風にさらしたため湖岸に白い壁ができたという。
 絵解きは、果てしなく楽しい時間が続くのではないかと思われた。

 最後に上田さんは、「最近、絵屏風づくりに尽力いただいた皆さんの訃報をよく聞くようになり、早く記録に残さなければと焦っています」と話された。地域の記憶が消えてゆく寂しさと同時に、本当にこれでいいのかというもう一つの焦りを感じた。(by E.H)
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by hikonekeikan | 2009-11-03 22:54 | 談話室「それぞれの彦根物語」
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