NPO法人 彦根景観フォーラム

「がらたて」から豊饒なる言葉の海へ

それぞれの彦根物語94

 「がらたて」考  

           金子 孝吉  滋賀大学教員、ひこね景観フォーラム監事

               2012年9月22日 @ひこね街の駅・寺子屋力石

「がらたて」の不思議
d0087325_18481027.jpg 「がらたて」と聞いて、それが何かわかる人は、滋賀県の彦根市と湖北地方にしかいない。それにしても、「がらたて」とは不思議な響きだ。なぜ「がらたて」というのか?いろいろな人に聞いたが誰にもわからない。
 ところが、同じものを彦根市に隣接する多賀町では「ぼんがら」という。わずか数キロ離れているだけで、なぜこんなに違うのか?「ぼんがら」とは何を意味するのか?

 滋賀大学教授で彦根景観フォーラムの監事でもある金子先生は、この言葉を初めて聞いた時「がらくた?」と思ったそうだ。普通の人は実物をみて、これが「がらたて」かと一応の納得をするのだが、金子先生はそれだけでは終わらなかった。詳しく調べていくうちに、たった一つの言葉から尋常ならざる豊かさと複雑さをもつ方言の大海へ導かれていった。


「がらたて」の正体
d0087325_18552112.jpg 「がらたて」とは、小豆あんを、米粉または小麦粉で作った皮で包み、サルトリイバラの丸い葉ではさんで、蒸してつくるお餅だ。金子先生は和菓子というが、地元の感覚ではお菓子というよりお餅だ。
 彦根や湖北地方では、主に初夏の季節に農家や民家で作られ、食べたり、贈り物にされていた。今では家庭で作ることはめったになく、和菓子屋で通年売られている。
 素朴でとても美味しいお餅で、彦根景観フォーラムと多賀クラブでは、多賀里の駅・一圓屋敷で「ぼんがらもち」づくりを企画したことがある。

 今回の彦根物語では、「がらたて」とは、サルトリイバラを指す方言であること、同じサルトリイバラを指す方言が尋常とは思えないほど多くあること、サルトリイバラの葉で包んだお餅や団子・まんじゅうは、西日本を中心に各地に見られるが、その地方ごとの呼び名もまた非常に豊かで複雑であることがわかった。
 さらに、東日本には、サルトリイバラではなく柏の葉で包む「かしわ餅」文化圏があることもわかった。西日本の人間の感覚では、「かしわ餅」はお菓子だが、「がらたて」はお餅だ。


サルトリイバラという植物
d0087325_18561493.jpg 「がらたて」という言葉の由来となったサルトリイバラとは、どのような植物だろう。
  「原色牧野植物大図鑑」によると、「ユリ科で、日本、台湾、朝鮮、中国に分布し、山野に生えて木質のつるでよじ登る低木。まばらにとげがある。葉は丈夫な革質で光沢がある。花は春から初夏に咲き、後に径7~9mmの果実を結ぶ。西日本では葉をモチを包む時に使い、根茎は薬用になる。和名猿捕りイバラは、トゲがあり猿がひっかかるところからいう。」とある。
 毎月第1土曜日朝9時からの多賀里の駅・野鳥の森植物観察会でもおなじみの植物だ。


サルトリイバラの方言の豊饒さ
 金子先生の頭の片隅には、「がらたて」が居座っていた。あるとき、大学図書館で別の本を探していた先生は、本棚の片隅にある本の列に呼ばれたという。それが、『日本植物方言集成』(八坂書房編 2001年)だ。ここには、日本の全国各地にみられる植物の多様な方言が記録されていたが、サルトリイバラの項には「いが 山口(美祢)大分」から始まり「わんごろめ 三重(志摩)」まで340種類が記録されている。そのなかには、「がらたて 滋賀」、「ぼんがら 滋賀(彦根)」とあるが、いまひとつ実態と合わない。

 そこで、白井翔平監修『全国方言集覧』【動植物標準和名→方言名検索大辞典】(太平洋資源開発研究所編)にもあたった。ここにも、各県別に膨大な数の方言が記載されていたが、「がらたて」は、彦根市、犬上郡、伊吹町、「ぼんがら」は彦根市、犬上郡、愛知郡とされ、さらに彦根市や坂田郡、高島郡などの県内では、ガラタチともカラタチイバラとも呼ばれていることもわかった。

 ここから、金子先生は、サルトリイバラの方言の数々の由来を推測するのだが、その迷宮にはとてもついていけない。一つだけ紹介すると、サンキライとは、山帰来に由来し、中国にある漢方薬の山帰来と混同したもの、サルトリイバラは根に薬効があるとされる。また、猿嫌い(とげがあることから猿が嫌う)に由来するかもしれないという。


決定的な発見・「がらたて」の語源
 「がらたて」がサルトリイバラの方言に由来するらしいと知った金子先生は、今度は、日本の文学作品の中を探した。

 伊勢物語六十三段「つくも髪」に、在原業平という超モテ男に恋した白髪の老女が、業平の家をのぞき見て勘違いされ、あわてて「うばら、からたち」に引っかかるのもかまわず家に帰り、業平の来るのを待ったとある。また、枕草子一四七では、名前がおそろしいものとして「むばら。からたち。」とある。建礼門院右京大夫集一四八には、「むばらからたち」に引っかかって藪の中に逃げ込んで、逃げのびたという記述がある。謡曲「忠信」には、源義経を追って、「いばらからたち分けつ潜りつ、」京にたどりつくとある。 

d0087325_18584058.jpg そして、「彦根古絵図」(滋賀大学経済学部付属資料館蔵)に、「彦根の地、往古はイバラガラタチ相ましはり、山も陸も沼も一面にして」という決定的な書き込みがあることを、金子先生は発見する。
 今度も、先生は古絵図に呼ばれた気がするという。

 ところで、「むばら、からたち」と2つの言葉が一緒に出てくるが、「むばら」は「いばら」の古語で、「からたち」は、現在の「からたち」(ミカン科カラタチ属)を含むがそれよりも広い概念で、ノイバラやサルトリイバラを指していたと考えられるという。

 江戸時代の文献では、平賀源内「物類品しつ」宝暦13年(1763年)で、サルトリウハラ 近江讃岐方言カラタチ、伊勢方言カンクチとあり、越谷吾山「物類称呼」安永4年(1775年)でも、サルトリウバラ サルトリノ花 近江讃岐にてカラタチというと記述されている。つまり、江戸中期には、近江・讃岐において「からたち」という呼び方があったということである。「がらたて」は、「からたち」が語源である確率が高まった。「からたち」が「がらたて」へ発音が変化し、お餅の名前になったことは、十分考えられる。
 なお、「ぼんがら」の語源については、盆の後の日(群馬県)、盆の終わりの日(栃木県)、盆の団子の残ったものなどの意味を、先生は推察されている。 


サルトリイバラとかしわ
 サルトリイバラの葉で包んだ餅は、西日本に圧倒的に多い。東日本ではカシワの葉で包む「かしわ餅」が多い。西日本ではカシワの葉がなかったのか?というとそうではない。金子先生の調査によると、食べ物を上に盛ったり、それを包む葉は、みな「炊ぐ葉・かしわ」と呼ばれたので、サルトリイバラが使われた餅も「かしわ餅」の一種だった。
 サルトリイバラを用いるのには、別の意味があった。それは、サルトリイバラの葉がもつ薬効性・防腐力、香りが人に霊的な力を信じさせたからだ。そして、端午の節句から田植え儀礼、お盆にかけて、健康増進・疲労回復を願ってたくさん作られ、贈り物にもされた。


サルトリイバラの葉で包んだ餅の方言
d0087325_19125550.jpg さて、このサルトリイバラの葉で包んだ餅(団子、まんじゅう)には、餅を包むときに1枚の葉で包む場合と、2枚ではさむ場合がある。餅の中身、形も多様である。同様に様々な呼び名がある。彦根では、「がらたて」、「小麦だんご」、湖北は「がらたて」だが、「からたちばっぱ」もある。多賀町は、「ぼんがら餅」だ。

 ここから、金子先生の驚くべき調査が再び始まる。文献で調べるだけでなく、全国各地の和菓子店に行って聞いている。例えば、三重県松阪市の笹屋は「いばらまんじゅう」、尾鷲市みのや製菓舗は「おさすり」、愛知県江南市大口屋は「あんぶさんきら」、大府市鶴屋吉祥は「いばら餅」、同市げんきの郷では「麩まんじゅう」、島根県浜田市「かしわ餅、麦まき(いずれもサルトリイバラの葉を使用)」、広島県は「しばもち」、岐阜県御嵩町は「がんどしぼち」、茨城県は「ばらっぱもち」など、実に楽しそうにお店でのやりとりや、どこの「がらたて」がおいしいかという穴場情報などを話された。

 調査の結果、意外なこともわかってきた。湖北地方のある店の「がらたて」は人気が高くよく売れているが、その製造元は岐阜県にあり、滋賀県の湖北地方向けにのみ大量に作られている。岐阜では「がらたて」は売れないという。
 また、販売用に使われるサルトリイバラの葉は、ほぼすべてが中国からの輸入品で「サンキラ葉」という名前などで店に卸されている。広島や山口、愛媛のスーパーでは、サンキラ葉だけが売られていることもあるという。こんなところにも「葉っぱビジネス」があり、国際化しているのだ。甘い「がらたて」の話がほろ苦くなった。  (文責:堀部 栄次)
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by hikonekeikan | 2012-10-17 08:27 | 談話室「それぞれの彦根物語」
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