NPO法人 彦根景観フォーラム

築城400年祭《談話室》 それぞれの彦根物語 2006.12.02

【彦根物語22】
 「100年前に描かれた彦根
-イギリス人水彩画家アルフレッド・パーソンズのまなざし-」

d0087325_9442579.jpg 



江竜 美子
(NPO法人彦根景観フォーラム会員)

 



イギリス人水彩画家アルフレッド・パーソンズ(Alfred William Parsons)は、英国・サマセット州ベッキントン生まれ。明治25(1892)年に日本を訪れ、その滞在記を4年後に NOTES IN JAPAN という書名で出版している。
このNOTES IN JAPAN は、パーソンズが明治25年3月9日に長崎港に入り、約9ヶ月の日本旅行の後、12月10日、太平洋へと去って行く内容が書かれたものであり、彼がどこへ行き、何を描いたかが追跡できる。
パーソンズは、本国イギリスで水彩画家として知られ、風景画や植物画を得意とし、のちにロイヤル・アカデミー会員となり、さらに王立水彩画家協会会長まで務める人物である。日本に来た理由は、NOTES IN JAPAN の中で「極東の花の国である日出づる国に来て絵を描くことが長年の夢であった」と記している。

d0087325_17273232.jpgd0087325_17203619.jpg









明治25年3月9日から12月10日までの日本の滞在中、パーソンズは2度、彦根を訪れている。
最初は、5月19日から6月18日の1ヶ月間。琵琶湖畔の城下町に古く美しい庭園があり、そこに宿泊施設もあると聞き(楽々園)、奈良に滞在していたパーソンズは彦根行きを決める。
パーソンズは、楽々園滞在中、周囲の田んぼに広がるレンゲ畑や、幼い女中おかずさんとの語らい、芹川で催されていた競馬を楽しんだ。楽々園の庭(玄宮園)は、池の蓮が青々とした葉を伸ばし、水際では、花菖蒲が咲き、ところどころ躑躅が顔をのぞかせていた。

d0087325_17174957.jpg









POND IN THE GARDEN RAKU-RAKU-TEI, HIKONE

楽々園での2週間が過ぎ、6月の初旬、ボーイのマツバが、たくさん躑躅が咲いていて、景色のよい天寧寺という寺を見つけてきた。そこに泊めてもらえるということで、2人は天寧寺へと移る。天寧寺はパーソンズの目には「かつては 人気があったが、今はすっかりさびれて」見えた。2人はこの天寧寺の本堂脇に今も残る書院に滞在することになる。
天寧寺は、五百羅漢の寺として彦根ではよく知られているが、パーソンズは、書院から見える裏山の石仏、十六羅漢を横側から描いている。おそらく、躑躅が手前に咲いており、それを画面に入れようとしたのだと思われる。
また、天寧寺から、彦根城の見える彦根山と佐和山のながめ(これも手前に躑躅が咲いている)、佐和山と琵琶湖のたそがれ、彦根を見渡せる岩山の躑躅や、天寧寺の裏山にある竜神池の前の竹やぶ(これも躑躅が美しい)を描いている。

d0087325_17215654.jpg








SUNSET OVER LAKE BIWA, FROM TENNENJI

d0087325_17225175.jpg








MY ROOM AT TENNEIJI

天寧寺でのパーソンズの生活は、滞在中唯一、日本の普通の家庭生活を体験する機会となった。住職のソウキン、その妻おしげさん、息子で彦根の警察に勤めるタカキの三人は、彼とともに買い物に出かけたり、茶道の手ほどきをしたり、彼のために料理の腕を揮った。
パーソンズも言うように「この地で何ヶ月も夢のような暮らしを続けることはたやすかった」が、未だ外国人旅行者にたいする規制は厳しく、やむなくパスポートの更新のため神戸へ戻らねばならなくなった。
10月6日、ようやく新たなパスポートが届き、さらに3ヶ月の旅行延長が可能となって、向かった先が米原だった。早速、彦根から天寧寺のタカキやおしげさん、楽々園のおかずさんなどが賑やかに訪ねてきて、4ヵ月ぶりの再会を祝いあった。彦根で家族同然の日々が再び蘇り、10月半ばに開かれる長浜の曳山祭での再開を約束して別れることになった。(曳山祭では)天寧寺の友人たちと祭の屋台をひやかし、夕食をともにした。

パーソンズが日本滞在の9ヶ月のうち、2度も訪れたところは、彦根だけである。おそらく、楽々園のおかずさん、天寧寺のタカキやおしげさんなど、パーソンズという西洋人に対する家族的な付き合いに、彼は感激したためと思われる。彼を彦根に呼び寄せたきっかけは、景観や花であったが、再び彼を彦根に呼び寄せたのは暖かい人達であった。
彼は、彦根の何気ないポイントに画題を求め、それを気負いなく写している。西洋人から見て変わった風物を描こうとしたようなところは見られないし、彦根藩亡き後の寂れた彦根や、近代化に向けて邁進していた彦根も描こうとはしなかった。ただ美しい自然を、画家らしいまなざしで見つめ、素直に描いた。こんなすばらしい人が、100年前に彦根に来て、彦根を気に入って、彦根を描いていた。私たちはもっと自慢してもいいと思う。

【キーワード】
描かれた彦根、 アルフレッド・パーソンズ、 水彩画、 NOTES IN JAPAN、 楽々園、 天寧寺
[PR]
by hikonekeikan | 2006-12-02 09:35 | 談話室「それぞれの彦根物語」
<< 築城400年祭《談話室》 それ... 築城400年祭《談話室》 それ... >>