NPO法人 彦根景観フォーラム

それぞれの彦根物語60 2009年3月14日

夢ある街づくりと安心とやすらぎの生活空間づくり

                      泉 藤博 (センチュリー21 ㈱イズミ代表取締役)

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 3月のそれぞれの彦根物語は、花しょうぶ通りとその東に新しく作られる近江鉄道芹橋駅をめぐる話題で構成されている。
 1回目は、芹橋新駅周辺で住宅開発を進めている㈱イズミの社長 泉 藤博さんが、活発に進む彦根のニュータウン開発について語った。

創業物語と経営プロセス
 泉さんは、言葉と同時に体が動く。
 住宅の陽当たりを確保するためには住宅と住宅の間をどの程度あければいいのかを全身で表現する。それが少しも奇異に感じられない。事業への情熱が言葉と体の両方を同時に動かしているようだ。

 泉さんが平成3年に創業した(株)イズミは、彦根地区で500区画の住宅開発と約1000戸のアパート・マンションの賃貸管理、売買仲介などを手がけてきた。
 彼は、農家に生まれ、働きながら大学に通い公認会計士をめざすが失敗、地方銀行に就職し、融資でトップの成績を上げる。ここで身につけた「人を見る目、事業を見る目」を生かして不動産業を創業、バブルの波にのって会社は急成長、その後も巧みな情勢判断で業績は順調に伸びる。しかし、自身はゴルフにはまり、経営は部下任せになりナンバー2に主要スタッフもろとも逃げられ、危機に直面する。ここで、幼少の頃からの思い出や教訓を振り返り、自らの生き方を規定した「創業の精神」「経営理念」「社訓」を作り上げ、再出発する。

 その語り口は、いかにも創業者らしい情熱に満ちており、彼自身の心、技、体と事業が一体化した面白い物語になっているが、冷静に見ると、自分で考え行動する人が、機会を捉えて挑戦し、失敗し、経験に学びつつ考えや行動を修正して、成功を呼び寄せた緻密なプロセスが見えてくる。
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彦根のニュータウン開発
 泉さんの手がけた住宅開発で最大のものが、旧カネボウ彦根工場跡地に284区画の住宅を建設する「エクセレントヒルズ彦根」だ。彦根では売却された近江絹糸工場跡地に大型商業施設が進出し、市内の商業団体から反対運動が起こった。このため、産業再生機構が取得したカネボウ跡地の売却入札が成立するか危ぶまれていたが、結局、地元の(株)イズミが25億円で引き受けることとなった。

 泉さんには勝算があった。団塊ジュニアの30歳~36歳世代が子供が大きくなり一戸建てを持ちたいと望んでいた。そこで、この世代が求める住宅コンセプトを打ち出した。一つは「安全・安心」だ。万一の洪水被害を考慮して1m以上の土盛りをした。また、警備保障会社と契約し、全戸に防火・防犯の警報システムを、個別に契約する価格の3割で設置した。第二に、全区画に幅2.5mの遊歩道をつけ見通しと陽当たりを確保した。これらが人気になって全区画が完売した。

 注目すべきは、ニュータウンに入居した人たちの出身地だ。
 彦根市内の人が約50%、長浜・湖北・犬上郡の人が30%、県外が20%で、県南部の人はほとんどない。つまり、若い世代は北部から南部へ、農山村部や旧市街地から都市郊外のニュータウンへと動いている。彦根も含めた県北部全体の人口は静止しているから、空洞化は北部の農村・山村、旧市街地で進行し、その地域では高齢化率も急速に上昇しているのだ。
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ニュータウン観察のすすめ
 ニュータウンはその時代を映す「鏡」といってもよい。

 第二次世界大戦後のベビーブームで生まれた団塊の世代が親になった昭和40年代に出現したニュータウンは、人口爆発と高度経済成長、アメリカ型の大衆社会、個人の自由と核家族をよしとする価値観を表現した重要な現象だった。

 さらに、400年前には、日本各地でニュータウンとして近世城下町が誕生した。全国各地で都市や町の成立400年祭が開かれているように、東京も含めてほとんどの都市の原型が400年前に形成されたのだ。その中で、彦根は近世ニュータウンの典型として高い評価を受けている。それは、近世の武士封じ込めに代表される統治理念と経済力の集中を意図したニュータウンづくりを最もよく反映しているからだ。

 その目で、現代のニュータウンを見てみると、比較的広い区画にさまざまな形の住宅が建ち、2台以上の自家用車がその前に鎮座し、若い夫婦と子供が住みながら、どことなく寂しい印象を受ける。かつてのニュータウンが示していたような時代を象徴する新しい価値観があるようには私には思えない。古さは一切拒絶されているが、ウィークディの昼間は人の気配がなく田園部や旧市街地と本質的に変わらない。
世代住み分けの典型であるニュータウンでも、やはり「人によって人が育つ」まちづくりが必要だと思う。
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地元彦根に対する念い(おもい)
 泉さんは、「彦根には活気がない」という。滋賀県でも人口が増えているのは南部であり、彦根は大規模な開発によって人口増を図る必要があるという。具体的には、彦根城に加えて佐和山を観光開発し多くの人を呼ぶこと、彦根市の環状道路を整備し交通の便を良くして市街地の再開発を促進すること、周辺農地の開発規制を緩和して都市化することが必要という。
 私は賛成しないし実現可能とも思わないが、こうした考えが多くの市民や政治家、行政、企業人に支持されていることは事実だ。

 一方、ニュータウンとは裏腹の関係にある旧市街中心部に空家や空店舗が増え、店舗が撤退した跡に大きな空地が目立っている地域の再開発をどう考えるかという質問に対して、今の住宅需要は自動車の利用が前提になっており、車のすれ違いも困難な地区の住宅開発は、いかに地価が下がっても売れない、解決は民間では無理だと泉さんは答えた。

「減自家用車」・「減築」の時代
 では、行政の大規模な区画整理事業以外にどうしようもないのだろうか。

 問題の大きなポイントは「自家用車」である。
 ここで、コーディネーターの山崎教授が、都市計画の歴史を総括された。数年前まで、中心市街地の活性化は道路と駐車場を整備して郊外大型店と同じように自動車で買い物をする客に来られるようにしようとしたが、結局失敗した。そして新まちづくり3法が成立し、コンパクトシティをめざすこととなった。これは、歩くことを基本にバスなどの公共交通を整備し、病院や役所なども中心部に移転して移動距離を少なくするまちづくりをしようとするもので、青森や富山で取り組まれている。だが、理想は描かれているものの、まだ実現にはほど遠い。解決は簡単ではなく、ヨーロッパでは、インナーシティ問題として30年近く苦しんできて、近年のLRT(低床路面電車)導入や中心市街地への乗入税などにつながっている。

 もう一つは、住宅の「質」の問題である。
 実は住宅の供給量は需要を上回っている。ただ、高齢世代で空間が余り、若い子育て世代では空間が不足している。さらに高齢世代では古い住宅が多く空間の質が低い。そこで、手を加えて質を上げるとともに、若い世代に置き直す「コンバージョン」が必要となっている。つまり、高齢世代の住宅を様々な手法で「減築」し、若い世代に貸したり譲渡したりすることで空間を豊かに活用し、多様な世代からなる地域社会を維持・再生しようとする試みである。

 「減自家用車」問題にせよ「減築」問題にせよ、原理はもっともだが、実現にはさまざまな困難があり、手法の実験と長い時間が必要だ。そして、失敗に学びつつ、考えや行動を修正し、徐々に実現に結びつけていくプロセスが不可避である。それは泉さんが今日語ってくれた経営の極意と同じなのだ。 (by E.H)
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by hikonekeikan | 2009-05-06 20:49 | 談話室「それぞれの彦根物語」
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