NPO法人 彦根景観フォーラム

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築城400年祭《談話室》 それぞれの彦根物語 2006.6.24

【彦根物語6】
 「井伊直弼 -新しい人間像を探る」     

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堤 義夫
(国特別史跡 埋木舎 統括管理責任者)



井伊直弼公の生涯は、文化十二年(1815)に生まれ、安政七年(1860)桜田門の変、水戸浪士らの凶刃にたおれるまでの四十六年間でありました。
槻御殿で生まれ育った十七歳までの暮らしと、十七歳の時父第十一代藩主直中公が亡くなられ、直中公の十四男として生まれた直弼公は、藩の掟に従って、「北の屋敷」と言われた公館で、部屋住の生活(捨扶持年三百俵)を命ぜられ十五年間の質素な暮らしをされた後三十二歳(弘化三年1846)第十二代藩主直亮の養子となり、嘉永三年(1850)直亮死去により第十三代藩主に襲封。掃部頭と称し、幕政の中枢で日本の岐路を決するために奔走することになります。徳川家のお世継問題、開国か攘夷か幕末激動の中を大老職として、よく日本の将来を見据えて、幕府の粗法を破り開国を断じた偉大なる人物でありました。
直弼は、この公館「北の屋敷」を次の和歌を詠じて『埋木舎』と名づけました。
 
          世の中をよそに見つつも埋れ木の
            埋もれておらむ心なき身は

(自分は、ここへ来て、世の中をよこめで見ながら花の咲かない埋もれた木のように、質素な世捨人的生活をしているが心は決して埋もれずに大いに文武両道を修練して人格を陶治するぞ。)

【『埋木舎』の修業(なすべき業)】
 国語・和歌・俳句・茶道・仏学(座禅)・能・謡曲・狂言・華道・書道・画・陶芸・数学・天文学等の文化人としての側面
 兵学・剣術・槍術・弓術・馬術・居合術・柔術・政治・海外事情等武人としての側面

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「予は一日四時間眠れば足りる」と猛勉強に励む。政治の世界でも命をかけて国難を救う大器量が発揮されたのも「埋木舎」における偉大な人格形成の賜ものであります。

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by hikonekeikan | 2006-06-24 19:42 | 談話室「それぞれの彦根物語」

築城400年祭《談話室》 それぞれの彦根物語 2006.6.24

【彦根物語4】
 「彦根あれこれ」     
 
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大野 紘一郎
(彦根雨壺山・護林会会長、元朝日新聞記者、
“彦根いまむかし”著者)


 彦根に朝日新聞記者として赴任していたのは、びわこ国体のあった昭和56年(1981)年からの5年間。当時の市長は井伊直愛さんだった。より多くの人から話を聞くのは記者の仕事でもあり、興味にまかせてあれこれ聞き歩いている中で、「へーっ」「面白い」というテーマにぶつかり、新聞の滋賀版に「彦根いまむかし」の題で約170回の連載をした。後に同名の本にもなったが、もうふた昔も前のこと。藩窯だった湖東焼や、現代の近江牛のルーツでもある「彦根牛」、三津屋地区に残っていた若衆宿風習などは取材していて新鮮に感じた。花街としてにぎわった袋町も様相は一変、人権闘争の舞台でもあった近江絹糸跡は今、カインズやベーシアになるなど様変わりしている。

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その彦根に定年後に定住。始めたのが自宅近くの都市基幹公園「雨壺山」(千鳥ケ丘公園)の護林ボランティア。仲間と「彦根雨壺山・護林会」をつくり、山所有者の彦根市と樹林保全委託契約を締結。毎月2回、土曜日午前に作業している。現在は竹林の整備中で、一部はかなり「美林」になったと自負している。この山は幸い、約20年前に調査された樹林や草花、昆虫などの分布記録が残されており、これを基に「里山」復活を目指している。山の保全はエンドレスだが、竹林の中に自然歩道を新設する案も検討しており、「山で遊ぶ」の精神で気長く続けたい。

○「彦根雨壺山・護林会」の活動
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○整備上のバイブル 復活の指針 
(出所:雨壺山の自然観察ガイド(H3.10)編集・発刊「快適環境作りをすすめる会」
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【キーワード】
雨壺山
千鳥ヶ丘公園
彦根雨壺山・護林会
彦根いまむかし
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by hikonekeikan | 2006-06-24 10:32 | 談話室「それぞれの彦根物語」

築城400年祭《談話室》 それぞれの彦根物語 2006.6.16

【彦根物語4】
 「彦根で出会ったもの」     
 
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有馬 裕次
(NPO法人芹川理事長)



芹川と私との関係で言えば、身近な自然との出会いというより、「人間生命の尊さ」、「社会的河川の役割」とでも言いますか、活動範囲が広がりつつあることです。

2003年、東京での「川の日」ワークショップに応募、全国から80余の団体が集まりました。滋賀からはNPO芹川の前身「芹川を美しくする会」だけでした。私と小学生3名が「子ども環境創作狂言 芹川」についても披露しました。“いい川”“いい川づくり”のキーワードは7つあり
△子どもの遊びを広げる
△あいまいな開かれた心
△慈しみはぐくむ行動
△履歴を訪ねる
△地域、人間の力を内から高める
△源流(初源)を訪ねる
△体験化感性化
です。私たちNPO芹川が目指すコンテンツでもあります。

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芹川への取り組みで、初期は川の清掃活動です。高齢化が進む中、土手の草刈りが大きな負担になり、それが事故につながりました。住民の負担軽減のため、平成12年からボランティアの力を借りての一斉作業する方式にし、現在も続けています。
近年は高校生から高齢者まで1000人以上が参加、交流の場にもなり、地域の明るさ、活性化につながってきていると自負しています。

一方、子ども達には、川遊びをすることで親水、川の現状理解を深めてもらいたいと、源流探検、自然観察、野鳥、水質、生物調査なども行ってきました。自然の大切さを一緒に考えてほしいと願っています。

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さらに、彦根藩が守ってきた狂言を広めたい、も私たちの活動の柱です。芹川の流れ、堤のケヤキを主人公にした創作狂言も子らが演じました。子らも「祭りの演じ手」を自覚してくれているようです。その外、プレーパーク新設、彦根りんごの再興、山羊の広場造りなども進めたり、支援して、活動の場が広がる一方です。

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これらの活動の全てに言えることですが、人々の出会い、熱意が人の輪を生み、それが活動を少しずつでも前進させている力の根源です。ありがたい出会いが続いていると思います。
地域住民は、川からの恩賜を実感することが大切です。上流の山林荒廃、休耕田の広がり、必要性には疑問も多いダム建設計画、川をせき止めるヤナ作り。川の傷は少しも癒えません。
その土地の風土と日常生活の中で地域が日々営み、手入れしてきたものを、私は「いい川」「いい川つくり」と考えます。未来の大人にこの事を託しよい出会いを探し続けて行動していきたいものです。

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by hikonekeikan | 2006-06-16 19:38 | 談話室「それぞれの彦根物語」