NPO法人 彦根景観フォーラム

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「彦根歴史散歩-過去から未来をつむぐ」出版

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彦根の歴史 魅力を網羅
「彦根歴史散歩-過去から未来をつむぐ」サンライズ出版から発売


このほど彦根城築城400年祭を向かえる記念として、彦根城を中心に彦根の魅力を網羅したガイドブック「彦根歴史散歩-過去から未来をつむぐ」をサンライズ出版から発売。

滋賀大や県立大の関係者を中心につくる彦根景観フォーラムは、城下町彦根の世界遺産登録を視野に置いた活動を展開。これまで彦根のまち全体にスポットを当てた本は少なく、新しいまちづくりのきっかけとなるような本をと、同社の「近江旅の本」シリーズの5冊目として企画した。
フォーラムの会員らを中心に執筆し、古代から中世の彦根や彦根城築城、維新後の城下町などを写真約300枚を交えて紹介。長浜市の画家佐々木洋一さんが、彦根山観音巡礼や彦根から江戸に向かう朝鮮通信使の様子をイメージして描いた絵3枚も掲載している。
さすが地元出版社ならではの視点で、城下町の新しい発見が満載している。

市内各書店及びひこね「街の駅」寺子屋力石で好評発売中!

d0087325_430465.gif 「近江 旅の本」シリーズ
刊行年月:2006.12

判型/頁数:A5判/128頁
コード:ISBN4-88325-315-5 C0326

国宝・彦根城をいただく彦根のまちを歩く。その歴史を築城以前からひもとき、城内や近世城下町のようす、近現代のまちづくりなどを多数のカラー写真とともに紹介し、「世界の城下町・彦根」の明日を展望する


【目次】

■彦根城を歩く
大名庭園玄宮園と別邸楽々園
大名文化を伝える彦根城博物館

■古代から中世の彦根
出土品が語る古代の彦根
東山道の往来と在地領主の活躍
彦根山の観音信仰と修験道
佐和山城をめぐる攻防
石田三成と佐和山城

■彦根城築城
井伊直政入封と彦根山築城
城下町の形成と機能
彦根城下町と朝鮮通信使
武家屋敷の構造
組屋敷の構成と屋敷の構造
直弼が住まいした埋木舎
町人のまちなみ
桜田門外の変
直弼の死と彦根藩

■維新後の彦根城と城下町
城下町再生への道のり
城下町の近代化と建築
幻の名窯湖東焼
城下町への玄関口

■城下町の新しいまちづくり
城下町らしさの匂うまち
懐かしさとモダンが同居して
町家を生かしたコミュニティ
井伊家ゆかりの寺院を訪ねて
職人の息づかいが聞こえる七曲がり
四季のうつろいを感じる芹川けやき道
城下町彦根の新旧町名
彦根の歴史年表

■散策ガイド
古代から中世の彦根を歩く
城内と武家屋敷を歩く
花の生涯を歩く
街道を歩く
江戸時代を歩く
城下町の今を歩く

■コラム
彦根藩と武家屋敷
埋木舎の井伊直弼
花の生涯を歩く
城下町の企業家群像
藍色のベンチャー
ぬくもり感じる伝統の技
残されたケヤキ並木
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by hikonekeikan | 2006-12-23 04:16 | お知らせ&NEWS

築城400年祭《談話室》 それぞれの彦根物語 2006.12.09

【彦根物語23】
 「画家パーソンズが日本に見ようとしたもの」     

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谷田 博幸
(滋賀大学教育学部教授、英国ヴィクトリア朝美術史)

 

画家アルフレッド・パーソンズ(1847-1920)は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、蒸気耕運機が跋扈し、荒廃の度を増していく農村の現実に背を向けるように、終始昔ながらの時間が止まったかのような長閑な田園風景を描き続けた英国水彩画の大家です。
そのかれが1892年(明治25)年の日本旅行の際、五月半ばから約一ヶ月間、彦根(楽々亭、天寧寺)に滞在し、風景を中心に十数点の作品を描いています。彦根滞在中の作品はその後の日本の水彩画の隆盛に少なからぬ影響を及ぼすことになるのですが、談話室では特にかれの日本訪問の目的が英国ではとうに喪われてしまった長閑な田園風景が今なお現実に温存されている国日本を一目見、絵に描きたいという宿願の達成にあったこと、またとりわけ彦根がそのかれの望みを叶えさせてくれが格別の場であり、彦根での日々、彦根の人々との交流がかれにとって最も深く日本の心に触れ得た日本滞在中のまさにハイライトであったことをお話させて頂きました。

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アルフレッド・パーソンズ(写真)1897年頃
日本訪問から5年後、RA准会員に選ばれた頃




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〈パーソンズ〉楽々亭の池、彦根 1892

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〈パーソンズ〉天寧寺の躑躅 1892





【キーワード】
アルフレッド・パーソンズ
アルカディアニズム
蒸気耕運機
『日本印象記』
楽々亭
天寧寺
高木喜三郎
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by hikonekeikan | 2006-12-09 11:07 | 談話室「それぞれの彦根物語」

築城400年祭《談話室》 それぞれの彦根物語 2006.12.02

【彦根物語22】
 「100年前に描かれた彦根
-イギリス人水彩画家アルフレッド・パーソンズのまなざし-」

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江竜 美子
(NPO法人彦根景観フォーラム会員)

 



イギリス人水彩画家アルフレッド・パーソンズ(Alfred William Parsons)は、英国・サマセット州ベッキントン生まれ。明治25(1892)年に日本を訪れ、その滞在記を4年後に NOTES IN JAPAN という書名で出版している。
このNOTES IN JAPAN は、パーソンズが明治25年3月9日に長崎港に入り、約9ヶ月の日本旅行の後、12月10日、太平洋へと去って行く内容が書かれたものであり、彼がどこへ行き、何を描いたかが追跡できる。
パーソンズは、本国イギリスで水彩画家として知られ、風景画や植物画を得意とし、のちにロイヤル・アカデミー会員となり、さらに王立水彩画家協会会長まで務める人物である。日本に来た理由は、NOTES IN JAPAN の中で「極東の花の国である日出づる国に来て絵を描くことが長年の夢であった」と記している。

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明治25年3月9日から12月10日までの日本の滞在中、パーソンズは2度、彦根を訪れている。
最初は、5月19日から6月18日の1ヶ月間。琵琶湖畔の城下町に古く美しい庭園があり、そこに宿泊施設もあると聞き(楽々園)、奈良に滞在していたパーソンズは彦根行きを決める。
パーソンズは、楽々園滞在中、周囲の田んぼに広がるレンゲ畑や、幼い女中おかずさんとの語らい、芹川で催されていた競馬を楽しんだ。楽々園の庭(玄宮園)は、池の蓮が青々とした葉を伸ばし、水際では、花菖蒲が咲き、ところどころ躑躅が顔をのぞかせていた。

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POND IN THE GARDEN RAKU-RAKU-TEI, HIKONE

楽々園での2週間が過ぎ、6月の初旬、ボーイのマツバが、たくさん躑躅が咲いていて、景色のよい天寧寺という寺を見つけてきた。そこに泊めてもらえるということで、2人は天寧寺へと移る。天寧寺はパーソンズの目には「かつては 人気があったが、今はすっかりさびれて」見えた。2人はこの天寧寺の本堂脇に今も残る書院に滞在することになる。
天寧寺は、五百羅漢の寺として彦根ではよく知られているが、パーソンズは、書院から見える裏山の石仏、十六羅漢を横側から描いている。おそらく、躑躅が手前に咲いており、それを画面に入れようとしたのだと思われる。
また、天寧寺から、彦根城の見える彦根山と佐和山のながめ(これも手前に躑躅が咲いている)、佐和山と琵琶湖のたそがれ、彦根を見渡せる岩山の躑躅や、天寧寺の裏山にある竜神池の前の竹やぶ(これも躑躅が美しい)を描いている。

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SUNSET OVER LAKE BIWA, FROM TENNENJI

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MY ROOM AT TENNEIJI

天寧寺でのパーソンズの生活は、滞在中唯一、日本の普通の家庭生活を体験する機会となった。住職のソウキン、その妻おしげさん、息子で彦根の警察に勤めるタカキの三人は、彼とともに買い物に出かけたり、茶道の手ほどきをしたり、彼のために料理の腕を揮った。
パーソンズも言うように「この地で何ヶ月も夢のような暮らしを続けることはたやすかった」が、未だ外国人旅行者にたいする規制は厳しく、やむなくパスポートの更新のため神戸へ戻らねばならなくなった。
10月6日、ようやく新たなパスポートが届き、さらに3ヶ月の旅行延長が可能となって、向かった先が米原だった。早速、彦根から天寧寺のタカキやおしげさん、楽々園のおかずさんなどが賑やかに訪ねてきて、4ヵ月ぶりの再会を祝いあった。彦根で家族同然の日々が再び蘇り、10月半ばに開かれる長浜の曳山祭での再開を約束して別れることになった。(曳山祭では)天寧寺の友人たちと祭の屋台をひやかし、夕食をともにした。

パーソンズが日本滞在の9ヶ月のうち、2度も訪れたところは、彦根だけである。おそらく、楽々園のおかずさん、天寧寺のタカキやおしげさんなど、パーソンズという西洋人に対する家族的な付き合いに、彼は感激したためと思われる。彼を彦根に呼び寄せたきっかけは、景観や花であったが、再び彼を彦根に呼び寄せたのは暖かい人達であった。
彼は、彦根の何気ないポイントに画題を求め、それを気負いなく写している。西洋人から見て変わった風物を描こうとしたようなところは見られないし、彦根藩亡き後の寂れた彦根や、近代化に向けて邁進していた彦根も描こうとはしなかった。ただ美しい自然を、画家らしいまなざしで見つめ、素直に描いた。こんなすばらしい人が、100年前に彦根に来て、彦根を気に入って、彦根を描いていた。私たちはもっと自慢してもいいと思う。

【キーワード】
描かれた彦根、 アルフレッド・パーソンズ、 水彩画、 NOTES IN JAPAN、 楽々園、 天寧寺
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by hikonekeikan | 2006-12-02 09:35 | 談話室「それぞれの彦根物語」