NPO法人 彦根景観フォーラム

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滋賀大学国宝彦根城400年祭協賛事業「桜コンサート」

【協力事業】

滋賀大学主催経済学部(旧彦根高商)講堂公開コンサート
「桜コンサート」

  行春を近江の人とおしみける

芭蕉の有名な句ですが、桜の季節のひとときを歴史的建造物内でのクラシック・ライブで過ごしませんか?滋賀大学では国宝・彦根城築城400年祭協賛事業として、また登録文化財である旧彦根高商講堂公開事業としてクラッシック・ コンサートを企画いたしました。講堂は文化財というだけではなく、小規模の生演奏に適した音響の点でも魅力ある建物です。文化発信拠点としての滋賀大学の存在を広く市民の皆様に知っていただけるよう「100組200名」様を無料ご招待いたします。下記申し込み方法をご覧になりふるってご応募いただければ幸いです。

平成19年4月14日(土):13時開場 14時開演
ペア100組(200名)様無料ご招待! いますぐご応募下さい。
お申し込み方法(4月2日必着まで)

第Ⅰ部 【春爛漫の章】
休 憩 コーヒーブレークとパネル展示『彦根の今と昔』
第Ⅱ部 【出会いと別れの章】

ソプラノ      テノール ピアノ チェロ
日下部祐子   谷 浩一郎   西 聡美   雨田一孝


交通路線図(※滋賀大直行バスは土・日運休) 大学周辺マップ
  http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/ipc/access/
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問い合わせ先
滋賀大学学生支援課
〒522-8522 彦根市馬場1丁目1-1 0749-27-7529
後援:(株)NTTドコモ関西滋賀支店/e-radio(77.0MHz)
協力:滋賀大彦根生協/NPO彦根景観フォーラム/Sife Shiga-u/滋賀大広告制作サークル

【詳細は下記URLアドレスへ】
http://taniac.biwako.shiga-u.ac.jp/concert/
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by hikonekeikan | 2007-03-22 18:00 | お知らせ&NEWS

築城400年祭《談話室》 それぞれの彦根物語 2007.2.17

【彦根物語30】
 「彦根城の自然」

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渡邊 輝世
(彦根城オニバスプロジェクト代表)



彦根城の自然に対する思いを伝えることは大変難しかったですが、彦根城(城山)の森は彦根市民にとっては「鎮守の森」なのです。市民には大切に守る責務があると私は確信しております。世界遺産を望むならなおさらです。それには、第一に多くの市民の方々にまず城山の樹木や自然の美しさ、大切さを知ってもらうことが必要なのです。

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平成13年から城山の植生分布図を作成し、それぞれの木200本に名札をつけ、平成15年からは彦根市観光課主催で「樹木ウォッチング」を年2回開催しています。


これからも定期的に彦根城樹木ウォッチングを、工夫を凝らし続けていきたいと思います。
一本、一本の樹木を守ることも大切ですが、城山の森全体を守ることが最も大切なことなのです。森の一ヶ所が崩れることは、やがてそこから照葉樹の森が破壊され、単なる雑木林になる原因となるのです。
安定した極相林(照葉樹の森)を破壊する第一は、人為による観光目的、人間の安易な都合のみの伐木だと私は思います。木の声に耳を傾けることが必要なのです。
第二に城山の貴重な植物(レッドリスト)の保護と増殖を、多くの知恵と力を借りて行動に移すことです。


(例) ・彦根城オニバスプロジェクトの活動を進めること。
      (07.02.17 設立総会を行いました。) 
    ・ハイハマボックス(サクラソウ科)の播種
     (3年目を迎え、成功しつつあります。やがて、城山に移植できると思います。)

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【キーワード】
  鎮守の森、照葉樹、彦根城植生、オニバス、ハイハマボッス、大ケヤキ、
  オオトックリイチゴ、イスノキ、ウワズミザクラ、タラヨウノキ



★談話室「それぞれの彦根物語」の関連情報は、下記HPでもご覧いただけます。
滋賀大学産業共同研究センター
滋賀大学地域連携センター
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by hikonekeikan | 2007-03-20 19:13 | 談話室「それぞれの彦根物語」

築城400年祭《談話室》 それぞれの彦根物語 2007.1.13

【彦根物語20】
 「彦根南部の民話」

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皆川 重徳
(彦根史談会副会長)



 私達は幼い頃よりいろいろの昔ばなしや民話を身近な人々から聞かされて育ってきた。
 しかし、現代は物質中心の文明社会でさまざまな情報が簡単に伝わり、なかでも過激なマンガやテレビゲーム等が子どもの世界を支配し、人間相互の暖かい心のふれあいや素直な感動をなくしてきている。そんなことから明るく住みよい地域づくりをしなければならないと思い、微力ながらボランティア活動を通じて地域の民話や伝説を集め、それらの中に生きている先人達の「人や自然を愛し、事物を大切にし、力を合わせ平和に暮らす心」を伝え育てたいと考えている。

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1.荒神山「へび岩」伝説
荒神山の東面の山腹に「へび岩」という大きなへびの頭ににた岩がありますが、それには次のような伝説があります。
 「むかし天竺(てんじく・インドの古名)の霊鷲山(りょうじゅせん)の一岳を、大へびが背に乗せて月氏國(げっしこく)を経て日本に化来し、大へびは岩と化し、毎朝東にむかって三度口を開いて、日光を呑む。」というのです。
 紀元前5-6世紀頃インドにおこった仏教が紀元前2世紀に、中央アジアから当時中国西域に栄えていた「月氏國」へと伝わり、さらに、途中敦煌などの石窟に、壁画や仏像などの見事な仏教美術をのこしつつ中国・朝鮮を経て、538年日本へと伝来してきました。このとき日本には、古来からの根強い神への信仰がありましたが、仏教は次第にこれと融合して、ついに仏教文化最盛の奈良時代をむかえることとなりました。
 当時ここ荒神山の山上は、神の場として犬上・愛知・神崎・蒲生四郡の祓所(はらえどころ・一年の罪やけがれを神に祈りはらい清めるところ)となっていましたが、ここに渡来系の僧行基によって奥山寺が建立され、その縁起として、日本への仏教伝来の歴史的事実をもとにしたこの「へび岩」伝説がつくられたのです。
 へびは、龍とともに仏法を守護する神であり、また雨や水をつかさどる農耕の神ともあがめられ、いまも、へびや龍にまつわる物語や伝説は、全国各地の昔話のなかに数多く語られています。
 いまこの「へび岩」には地元有志の方々によって「しめ縄」も張られて、この霊石を祀っています。                    (故久木恒太郎氏の「亀山学区報」掲載文より)
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「荒神山の大蛇岩」(追加資料 1月13日談話室にて未報告)

 荒神山麓から少し上がった所に大蛇岩がある。今は樹木が繁茂してほとんど見えない。長さ約6メートル、幅3メートル、高さ3メートル余りの大岩で、大蛇の形相をしていて昔から霊岩といわれ、今でも汚されないでいる。
 三宝大荒神御縁起の中に、「当山に鎮座する、三宝大荒神と申し、世に比類なき霊像で、大蛇に乗り八面八臂の形をされ光をはなち給い、天下太平、五穀成就、国家安全をお祈りなさった。その時乗り給う大蛇は、大蛇岩と変わって、山麓に尾頭の姿をされ、当山守護の神となり今に至って、蛇岩と呼び 云々」また、「天竺より来た石にて、日に三たび口を開く石なり」と。
 淡海地誌にも次のように書かれている。「明治年間の昔の話。米の相場師がここに日参し、米を口にそなえて、翌日朝早く来てみて、供えた米粒が、減っていれば米が高くなる。又、数がそのままであれば相場が上がる。」という伝説が残っている。
(昭和49年亀山小学校父母と教師の会発行「かめやまのむかし」より)
 奥山寺縁起には「天竺霊鷲山一岳が大蛇の背に乗り~」とあり、一方、三宝大荒神御縁起には、大蛇の背に乗って来られたのは「八面八臂の三宝大荒神」となっている。
 民話や伝承が文字化された時、編者の立場が僧侶か神官かによって違ったのであろうか、それぞれの縁起がつくられた年号や時代背景について調べてみたい。

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荒神山神社の三宝大荒神

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大へび岩

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2.金鶏山「伝説のいろいろ」
 東海道線の河瀬駅を南へではずれて200メートルばかり進んだ所に亀の背のような小さな山があり、電車はここでひどくカーブします。今は切り開かれて、ますます小さくなったこの山には、こんな昔話が残されています。
 この小さな山は、その昔は亀山といい、大正天皇がこの山頂で大演習を御統監になってからは、その御命名によって茂賀岡を「いかしがおか」と呼ばれた由緒ある山ですが、今一つこの山頂の碑には、「当山は、今を去る数千年の昔、天津彦の命 金鶏に乗り 天下り給う」とあって、別の名を金鶏山ともいいます。
 嘉禎年間、この山頂に築城した若い殿様がありました。ある月の夜、お庭の石に腰を下ろして虫の声を聞いておられますと、その石の下から「どうか、この石をのけてください。」と美しい女の声がします。不思議に思ってお殿様は、その石を転がしますと、そこは、ほら穴になっていて、その中から「ありがとうございます。おかげで私は天国へ帰れます。お礼に私の産んだ金の卵をあなたに差し上げます。」と、いいながら黄金まぶしい金の鶏が、天に向かって飛び立って行きました。
 若い殿様は、おそるおそるそのほら穴の中へ入って行きますと、どうでしょう。幾千幾万の金の卵がさん然と輝いていました。お殿様は大喜びで外にでると、また、堅く石の戸を閉じて、お城の宝としました。
 今もその金の卵は、この山のどこかに隠されているとか。その後、この卵は、この山を訪れた人により何度か掘り出そうとされたと言います。
           (昭和49年亀山小学校父母と教師の会発行「かめやまのむかし」より)


3.安食の剛勇物語
 太堂町の町内に「お屋敷やぶ」という、広いやぶ地になっているところがあります。ここは昔、保食神(うけもちのかみ)という五穀をつかさどる神を祀った祠(ほこら)のあった所で、その祠が阿自岐神社に合祀されて空き地になった跡に、こんどは清見郷(きよみきょう)という身分の高い人が屋敷を造って住んでいました。そしてそこには、次のような昔話がいまに伝えられています。
 いまからおよそ千二百年ほど昔のこと、平安時代も始めの弘仁六年(815年)のことでした。たまたま多賀大社のお祭りがあって神輿の渡御が犬上川畔の御旅所に向かっているとき、にわかに恐ろしい悪鬼が現れて、その行列を妨害し、神輿を奪って虚空に巻き上げてしまいました。
 このとき、行列のお供をしていた清見郷は、この様を見るやいなや、すかさず持っていた剛弓に雁股(かりまた)の矢をつがえ悪鬼を射落とし見事に退治したのです。見ていた人々はその剛胆な早技に舌を巻いて驚き、その勇名はたちまち「安食の剛勇」とたたえられて、近郷近在に響き渡って行きました。
 このとき悪鬼は、普賢寺郷(いまの犬方町)山木戸神社宮地に射落とされ、また清見郷の射た矢が地に落ちて刺さった所は、阿自岐神社境内の「矢池(やいけ)」と名付けられて、いまに伝わっています。
(昭和59年亀山学区ふるさとじまん(その三)久木恒太郎さんの記事より)


【キーワード】
亀山地区、荒神山、民話、「奥山寺縁起」、亀山(茂賀山)、阿自岐神社、久木恒太郎


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by hikonekeikan | 2007-03-06 13:45 | 談話室「それぞれの彦根物語」

築城400年祭《談話室》 それぞれの彦根物語 2006.11.18

【彦根物語20】
 「私たちのボランティア支援について―カンボジア支援物語」

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山崎 時雄
(カンボジア大地の会彦根 顧問、
  医療法人友仁山崎病院 会長)



   私達日本人にとって、世界には悪魔の兵器といわれる地雷によって、この瞬間にも手足を失っている人がいるということを、現実の問題として捉えることはできません。しかし日本から直線距離にして4000km程しか離れていない同じアジアの国カンボジアでは、平和になった今でも地中に600万個という地雷が埋設され、1200万人の国民が大変危険な日常を強いられています。このことを知った私たちは3年前から「カンボジア大地の会彦根」というボランティア団体を設立し、主として「カンボジア国立・地雷除去組織・CMAC」の活動を支援しています。現在会員数は30名です。

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 カンボジアといえば、ご存知の方も多いと思いますが、「アンコール遺跡群、特にアンコールワット」という世界遺産で有名です。
 この世界各国から観光客が訪れるアンコール遺跡さえ、観光道路以外は地雷の危険性があるといわれています。
 談話室では、「カンボジア大地の会彦根」の活動の一部をスライドによって説明し、あわせてアンコール遺跡群をはじめ、首都プノンペンの様子を紹介しました。

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Angkor Wat アンコール・ワット

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「冷戦の影響、内線の混乱、海外勢力の直接介入等、その都度撒き散らした地雷や爆弾は『持ち込まれた悲劇』であり、カンボジア自らが製造したものではない。でも彼らは懸命に除去する努力を続けている。彼らの悲痛な叫びに善意の手を差し伸べたい」

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地雷、爆弾による現地の状況

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CAMBODIAN MINE ACTION CENTER
カンボジア地雷除去センターにて

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日本語学校における交流


【キーワード】
カンボジア
地雷
「カンボジア大地の会彦根」
「カンボジア国立・地雷除去組織・CMAC」
アンコールワット


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by hikonekeikan | 2007-03-05 13:52 | 談話室「それぞれの彦根物語」

築城400年祭《談話室》 それぞれの彦根物語 2006.9.23

【彦根物語16】
 「当世観光の裏事情」

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一圓 泰三
(株式会社文教スタジオ 代表取締役会長)



  私の本業は写真業です。はじめは卒業アルバムからスタートしましたが、徐々に出生率が少なくなりました。数は力なり、当時バス旅行が流行り始め、昭和35年頃から観光写真を始めました。
現在、テーマパーク、名所・旧跡、ホテル、旅館等、180ヵ所で700名が毎日写真を撮っています。毎日この180ヵ所の観光にたずさわる企業の裏側を見ているわけです。さまざまな場面を見て、サービス業の生き残る道がわかってきます。
 観光事業には、「蜘蛛の巣商法(動けないもの)」と「蜜蜂商法(客を求めて動く)」があります。「蜘蛛の巣商法」で大事なことは、当り前のサービスから感動のサービスへ。心のこもった言葉や態度から客は心から感動し、リピーターとなります。また、私たち観光写真事業は「蜜蜂商法」です。移動が大変で、従業員の問題がありますが、蜜蜂のように客を求めて全国を飛び回っています。 
観光事業の中でも、例えば上高地の松本電鉄さんのようにお金をかけないで素晴らしいアイデアで、客と経営者の都合をうまく合わせて、成功しているところもあります。
談話室では、出会った様々な観光事業の例を挙げましたが、そこから学んだことは、「顧客ニーズが成熟多様化する中、安定企業はない」ということです。
これからも、日々紙一枚の積み重ねを続けてまいります。

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シャチのクーちゃんのレプリカをバックに撮影
(名港水族館)

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ジュゴンとアオウミガメをバックに記念撮影
(鳥羽水族館)

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集合写真(那智の滝)

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【キーワード】
観光写真業
蜘蛛の巣商法
蜜蜂商法


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by hikonekeikan | 2007-03-05 13:48 | 談話室「それぞれの彦根物語」