NPO法人 彦根景観フォーラム

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8月2日(土)16:30~ 第2回足軽・辻番所ワークショップ開催のお知らせ

 芹橋の足軽屋敷・辻番所は「彦根市による購入、市民による自主運営」が決まりました。
第2回のワークショップでは、その経緯や考えをお話します。また、これにより、地元住民の皆さんと協力連携して、自主運営の仕組みを築いていくことが求められます。
 6月1日に実施した第一回の話合いをさらに進めて、足軽屋敷・辻番所にふさわしい運営の仕組みについて話し合い、活用にむけた実行計画づくりを行います。

芹橋地区の皆さん、市民の皆さん、多数ご参加ください。


【会 場】辻番所のある足軽屋敷(彦根市芹橋二丁目5-19:旧12丁目)
【日 時】平成20年8月2日(土)16:30~19:00
【日 程】
■16:30-17:30  
  解説「足軽屋敷・辻番所の特徴と耐震応急対策」
     濱崎 一志(彦根景観フォーラム理事 滋賀県立大学教授)
  説明「足軽屋敷・辻番所を巡る動き」
     山崎 一眞(彦根古民家再生トラスト理事長 滋賀大学教授)
■17:30-19:00  
  話合い「足軽屋敷・辻番所の活用のために」
    コーディネータ:
     渡邊 弘俊(善利組足軽倶楽部)
     堀部栄次(NPO法人彦根景観フォーラム会員)
■19:00-20:00
    懇親会(自由参加:500円の会費をいただきます。)
      
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主 催:彦根古民家再生トラスト、善利組足軽倶楽部、NPO法人彦根景観フォーラム
共 催:滋賀大学産業共同研究センター、滋賀大学地域連携センター
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by hikonekeikan | 2008-07-27 01:15

NPO法人 彦根景観フォーラム 総会報告 

彦根景観フォーラムは、6月21日(土)、多賀町一円の一圓邸で邸宅の掃除や草刈りを終えた
後、総会を開催し、19年度事業報告・決算と20年度事業計画・予算を承認しました。

19年度は、彦根城築城400年祭にあわせて、
① 談話室「それぞれの彦根物語」(第31~41回)
② 彦根あそび博(のべ9日間16コースのまち歩き)
③ 木造伝統家屋の耐震改修事業(寺子屋力石)
④ 彦根「世界遺産」シンポジウム(6月、10月)
⑤ 星空映画祭(共催:旧彦劇跡地 8月)
⑥ 町家実測調査 辻番所・磯島邸
⑦ 町家活用支援 ひこね街の駅「寺子屋力石」支援
         ひこね街の駅「戦国丸」支援 
⑧ 彦根古民家再生トラスト結成、辻番所・磯島邸買取運動、第1回芹橋・辻番所シンポジウム
⑨ 情報誌「きらっと彦根」(8~11号)発行
⑩ ブログ運営 http://hikonekeik.exblog.jp
など、皆様の力で多彩な事業を展開できました。
 
20年度は、ひこね街の駅、辻番所、一圓邸を中心に、次のような事業を計画しています。
① まち歩き(脇街道、芹橋、一円・野鳥の森)
② 伝統的建造物群保存地区シンポ、辻番所シンポ等
③ 町家実測調査(辻番所、一圓邸)
④ 町家活用支援:「それぞれの彦根物語」の開催、
  辻番所の応急補修と活用WS、一圓邸の活用WS 
⑤ 単行本出版、情報誌発行、ブログ運営 

 これからも、「楽しいまちづくり」をモットーに、多様な人の夢と知恵、行動の輪を広げていきましょう。
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by hikonekeikan | 2008-07-27 00:27

彦根まちなか見聞録2  危機遺産とデジタル・アーカイブ


それぞれの彦根物語 49  2008年7月12日(土)
「写真で見る彦根の今と昔」(渋谷博、久保田昌弥、金子孝吉) を聞いて


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  渋谷さん(写真左)は、渋谷写真館を経営され数千点の写真を保有されている。久保田さん(写真右)は、渋谷さんと同じく彦根史談会の会員で郷土史家である。久保田さんの父親(故人)が、彦根市地歴グループとともに丹念に彦根の歴史遺産を踏査し写真におさめた「ひこねの歴史を歩く」という冊子が平成19年10月に復刻された。この冊子に収録された昭和53年から59年までの写真と渋谷さんの写真、さらに戦前の滋賀大学の卒業アルバムなどからも写真を引用して、滋賀大学の金子教授が選択・編集し、今回発表されたものである。

写真は歴史の証人
 今は痕跡を残すのみの長曽根浜の汽船桟橋は、相当な沖合いまで木製の桟橋が作られており、汽船は喫水の関係で彦根旧港湾には入れなかったと推定される。昭和30年代には、松原の回転橋を通って大型汽船が旧港湾まで入っており、浚渫があったことを物語る証拠である。
 また、中島町のタカバシ(高橋)は、橋の両袖の土を高く盛り上げた橋で、その下を琵琶湖から入ってきた丸子船(運搬船)が通り、現在の滋賀大学の裏門近くに残る蔵に荷揚げしたという。 丸小船は帆船で舵を固定する木組みが高く、普通の橋では通れない。さらに、古地図には丸小船が転回した広い水面があるという。江戸時代には重い荷物を運ぶ丸小船は喫水が深く松原で荷をおろし、小船に積み替えて城下町に運んだという記述があるが、その例外を示しているようだ。このあたりには、彦根藩の船蔵や天皇を乗せる御座船もあったということで、歴史の解明にヒントを与えてくれる写真である。
 このほか、池洲橋の曲げられた街路をバスがかろうじて通る写真や、罪人・行路病人などを収容した長曽根小屋跡の写真など、近世城下町の構造を解明できる貴重な写真が紹介された。

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長純寺の崩壊
 衝撃的だったのは、長純寺の崩壊の写真だ。長純寺は、市街地の中央部にあり、市役所に近い。松尾芭蕉の弟子として名高い森川許六の墓があり、井伊直正の姉・高瀬姫の五輪塔のある由緒のある寺だが、現在は老朽化した庫裏と墓地を残して大きな空き地になっている。写真は 1997.9.12に撮影されたが、浄土真宗寺院独特の大屋根の中央に穴があき瓦ごと陥没、さらに大屋根左袖の棟瓦が崩れ落ちている。多くの檀家に支えられている寺院でも、崩壊することがあるのだ。
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 このほかにも、多くの失われた遺産があった。中村不能斉旧邸、池州橋の木俣長介下屋敷、中堀に沿った和光会館と堀沿いの景観、池田屋敷、鈴木屋敷、芹川にかかる木製の後三条橋(とその上を行く独特の葬列)、さらには、多賀山間地の廃村、磨針峠の望湖堂などだ。
 

危機遺産とデジタル・アーカイブ  
 危機遺産とは、まさに崩壊の危機に瀕している遺産だ。芹橋の辻番所・足軽屋敷は、買い取り運動によって初めて分かったのだが、屋根を支える柱も梁もシロアリ被害が大きく崩壊寸前だった。このほか、一般に古民家と呼ばれる足軽屋敷、町家、農家が放置され、多数が崩壊の危機に瀕している。放棄され、手入れがされないと建物は崩壊する。こうした古民家の文化財的な評価は、城郭や大きな武家屋敷と比較して低く、行政の保護施策を期待するのはむずかしい。残すには、市民が活用するしかないのが現状だ。それでも、彦根は多くの危機遺産が残されていて、まだ幸せといえる。。大津ではこの一年でほとんど除却されマンションに変わってしまった。

 しかし、すべてを残すことは不可能だ。その意味では、古い写真も新しい写真も大量に集めて、デジタル・アーカイブとして統合的に残しておきたい。「年輪を積み重ねる街」にこそ、デジタル・アーカイブは必要だ。

 写真は写されている内容と同じくらい、いつ、どこで撮ったかが重要で、それは撮影者にしかわからない。その情報が失われると写真の価値は半減する。逆にそれがわかれば、たくさんの写真を集めることで、全体のまちなみが復元できる。特に彦根のように城下町の構成自体に高い価値がある場合、デジタルアーカイブは世界遺産にとっても貴重な武器、タイムマシンとなる。できるだけ沢山の写真をあつめること、撮影場所と年月日を記録することに、ぜひ皆さんの力を貸していただきたい。
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それぞれの彦根物語 次回は9月から・・・。 

【彦根物語50】 平成20年9月6日(土)
「井伊直弼・大老料理の再現」 小島盛義氏(滋賀大学彦根地区生協店長)
【彦根物語51】 平成20年9月13日(土)
「県内の芸術家さんとの出会い―高宮町蝸牛会アート展について」 馬場貞二氏(クラウンブレッド平和堂)
【彦根物語52】 平成20年9月20日(土)
「400年祭経済調査からみえてきたもの」 得田雅章氏(滋賀大学経済学部准教授)
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by hikonekeikan | 2008-07-27 00:14 | 談話室「それぞれの彦根物語」

《談話室》 それぞれの彦根物語 2008.5.24

【彦根物語46】
「城下町回遊観光促進のための取り組み
 -ひこねまち遊びケータイ「ひこにゃんをさがせ!-」 

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左から 大谷佳代 河野晃子 後藤直美
(SIFE滋賀大学チーム)



SIFE滋賀大学は、2006年から“Students In Free Enterprise”(SIFE)に参加し、2007年度には国内1位となり、世界大会に出場しました。SIFEとは、世界的大企業の協賛で設立された国際NPOで、理念は「社会起業家の育成」です。
 SIFE滋賀大学プロジェクトは、「1.住んでよし 2.訪れてよし 3.地域よし のまちづくり貢献」を目的として活動しています。そして『ひこねまち遊びケータイ』はその情報発信ツールです。

 彦根の地理分析と経済機会の考察、まち遊びケータイによる観光ルートを回遊させるモデルの提案、実際に観光客に体験してもらう-ひこねまち遊びケータイ『ひこにゃんをさがせ!』を行っていく中で、「点をつなぐと面になる。すると人々は魅力を感じるようになり、リピートしたくなり、ひこねファンになる」ことがわかってきました。福井県の鯖江市でもこのモデルを使うことが出来ました。今後、他の地域でも行っていく予定です。
 さらに「井伊直弼と開国150年祭」の市民創造事業では、
○和菓子とパッケージ開発「いいかもん!」
○ひこねまち遊びケータイによる井伊直弼を巡るコース開発と回遊性の促進
の2件が採択され、実施に向けて動き出しています。

これからも、たくさんの方に彦根という街を知ってもらえるよう、地域の方と大学が共に知恵を出し合って、前進していきたいと思っています。

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【キーワード】
情報発信
潜在的観光資産
観光導線
回遊性
ひこねファン
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by hikonekeikan | 2008-07-15 10:42 | 談話室「それぞれの彦根物語」

《談話室》 それぞれの彦根物語 2008.7.12

【彦根物語48】
「城下町彦根を描く-故郷彦根は畢生のテーマで最高のモチーフ-」  

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小田柿 寿郎 
(大潮会委員、現代水墨画協会評議員、
アトリエ小田柿代表)



 幼い頃から絵を描くことが大変好きでした。勤務していた県庁広報課時代に広報誌作成の必要性から美術の基本を学ぶことを思い立ち絵画を学び始めました。今から約35年前で、その初期の段階から我が郷土の風景「城下町彦根」をテーマと定め、ライフワークとして制作と発表を続けて来ました。平成20年3月に県職員を定年退職の記念として城下町彦根シリーズ集大成の画集を発刊しました。多様な城下町風景のなかでも、特に町並みや城山辺り、さらに周辺の芹川堤や松原漁港などの風情が魅力的です。作品は現場の記録や説明に終わるのでなく、観る人に城下町の魅力と感動を与える作品の創造が目的です。色彩や構成など創作も交え生活感漂う私の彦根の原風景に拘って来ました。近年頓に街並みが変貌して城下町の魅力が失われ危機的状況にあります。城下町シンボルの天守閣の要件としては城下町の街並みの存続は必要不可欠であると思っています。市民それぞれの立場で魅力的な城下町彦根の創生のために可能な貢献をしたいと考えます。

     〔約27年間での街並変貌状況〕
1981年作品 「蔵のある風景」芹町山平醤油屋辺り 油彩F50
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2008年7月撮影 芹町山平醤油屋辺り
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【キーワード】
・絵を描くのが好き
・故郷城下町彦根をテーマへの拘り
・城下町の記録が目的で無い
・作品として生活感漂う城下町風景の魅力を描く
・作品表現技法を活かし感動を与える作品が目的
・彦根魅力発信は個人的役割の思い
・35年間の城下町作品集大成の画集を発刊
・天守閣は城下町の存在が不可欠要件
・魅力的彦根のため市民それぞれの立場で貢献
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by hikonekeikan | 2008-07-14 10:57 | 談話室「それぞれの彦根物語」

彦根まちなか見聞録1  「城下町に神の姿を求める人」

-彦根のまちなかで見聞きしたことを、宣教師の視点で、独自の解釈を入れながら記録し報告する-

それぞれの彦根物語38  2008/07/05  寺子屋力石

「城下町彦根を描く -故郷彦根は畢生(ひっせい)のテーマで最高のモチーフ-」
小田垣 寿郎 (大潮会委員、現代水墨画協会評議員、アトリエ小田柿代表)

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城下町に神の姿を求める人
 画家 小田垣さんを一言で表現するなら「城下町彦根に神の姿を求める人」だ。神とは、この人の中にあって、ある瞬間に姿をあらわす「原風景」である。
 彼のほとんどの作品が、白く輝く雪におおわれた城下町彦根の町なみである。芹橋地区の狭い路地に面した小さな足軽屋敷の連なり、雪を乗せた白い瓦屋根と古い木材とやや黄みを帯びた土壁、路上の残雪、小さな看板や自転車、漬物樽など。これらの構成と雪の反射に引き立つ色調とコントラスト。生活の雑然さ、たくましさ、なつかしさが、白い雪の明るさの中に浮かび上がる。これは「美」というものではない。「神への思い」が幾重にも込められている姿である。

「苦しくも充実した人生」 
 小田垣さんが4月に発刊した画集「城下町彦根を描く」に、この言葉を見つけた。
滋賀県職員だった彼は、広報課で広報誌のデザインや写真撮影をする心得として美術の基本を学びはじめ、県庁の絵画サークルに入って恩師に出会い、以後35年間、勤務と油絵創作の「苦しくも充実した人生」を歩んできた。今年3月に定年退職。現在はアトリエを開いて、生徒を教えている。その初期から彦根の城下町に強い愛着をもつて描き続けているのだ。
 彼は、絵を「おもしろい」「味がある」という。描く対象に内在する「おもしろさ」、「味」を引き出すために技法を使うが、その解説がおもしろい。確かな形を描くデッサン、味わいを生む色彩と配色、構図・構成、そしてデフォルメ(省略と強調)。作家が求めるものを描くためにどのような技法を使っているのか、わかりやすく解説してもらうと納得できる。きっといい指導者にちがいない。

原風景を伝える意思
 長い歴史と落ち着いた空気、それらと一体になった市民の生活、これらが凝縮されたものが彦根の街角の光景であり、それを描くことにより城下町彦根を語りたいと小田垣さんは願っている。d0087325_2353512.jpg
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 しかし、城下町は大きく変わった。彼にとって、「おもしろくない、味のない」町になりつつある。
画集に収録された「冬の彦根」佐和町八百初商店辺り(1982年)の光景も、「蔵のある風景」芹町山平醤油屋辺り(1981年)の光景も、現在はほぼ失われている。松原漁港に係留されていた木造漁船もない。
 彼は「絵は見たままではない」という。「自分の思い、願い、気持ちを絵に閉じこめていくことで、深さ、味わいが出る。だから、絵は描くまでの思いが最も重要だ。」という。そして、「いまこの町に育つ子ども達にとって原風景はなにだろうか」と問う。歴史や風土と断絶した平板な建物、人の顔や声と生活が見えないクルマの行き交う街路、かつて未来社会として描かれた機能的なまちで、本当に自分が感動する光景を心に持つことができるのか。答はいずれ出る。
 
 しかし、最低限言えることがある。城下町らしい街角のよさを意識して残さないと、そのよさは伝えられない。そして、意識して伝えないと伝わらない。
                                         (2008/07/12 E・H)

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by hikonekeikan | 2008-07-13 00:13 | 談話室「それぞれの彦根物語」