NPO法人 彦根景観フォーラム

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《談話室》それぞれの彦根物語2010.5.15

【彦根物語74】
 「彦根の空を見て120年」     

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加藤 真司
(彦根地方気象台 技術課 気象情報官)





 彦根地方気象台は1893(明治26)年9月県立彦根測候所として創立され、120年近く同じ場所で今も観測や天気予報を続けています。
1896(明治29)年に観測した日雨量597ミリはいまだに彦根における観測史上1位の記録として残っています。風は台風によるものが記録の上位になっています。最近では短時間に降る強い雨が多くなっているので注意が必要です。
 気象情報は今でも日々の生活の中で重要な情報の一つですが1941(昭和16)年12月8日~1945(昭和20)年8月15日まで、太平洋戦争による気象管制のため一切の気象情報が国民の前から消えてしまいました。天気予報を日々見ることができるということは平和の証しでもあります。ただ戦争中も気象観測はつづけられ、広島では原子爆弾が投下されたその日も記録は残っています。
 また、伊吹山では1919(大正8)年から廃止される2001(平成13)年まで厳しい環境の中で観測を続けてきました、1182cmという積雪の記録は山岳の記録としては世界1位の記録になっています。

d0087325_1148584.jpg                                創立当時の彦根測候所











d0087325_11494554.jpg                  日雨量597mmを観測したときの天気図
















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                今も残る昔の風向計(一部)











d0087325_11524876.jpg                               気象官制の通牒(再現)
















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           昭和20年8月の広島地方気象台観測原簿(一部)
           原爆が投下された8月6日、終戦の日8月15日も観測は続けられている。

【キーワード】
彦根測候所(彦根地方気象台)
伊吹山測候所
戦争と気象情報
積雪世界一の記録
短時間強雨の増加
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by hikonekeikan | 2010-05-24 13:16 | 談話室「それぞれの彦根物語」

彦根芹橋のまちづくり 青木 仁  2010.3.30

彦根芹橋のまちづくり基本戦略の提案  
                       東京電力株式会社技術開発研究所 青木 仁

まち路地再生のデザイン 
 近世城下町の町割りを残す彦根には、歴史遺産である狭い路地をどう保全し再生するかという課題があります。近年、生活空間として価値が見直されている「路地」の再生。この点に注目して、青木 仁さん(東京電力技術研究所主任研究員)が2010年3月30日(火)滋賀大学産業連携センターで、芹橋まちづくりの新たな基本戦略を提案をされましたので、紹介します。

脱クルマ時代の「理想のまち」
d0087325_15205345.jpg 今日の日本で「理想のまち」として開発・販売されている「まち」は、新築一戸建て住宅やマンションにクルマで直接乗り入れられ、郊外の大規模店舗や公共施設、職場などにクルマで出かける郊外型ニュータウンです。
 しかし、このクルマのための道路を優先したまちづくりは、交通事故や渋滞、犯罪、コミュニティの崩壊、環境問題、公共投資の負担増などで限界に達し、人口減少・高齢社会の到来とあわせて、「コンパクトなまちづくり」の必要性が叫ばれています。

 青木さんは、脱クルマ時代の「理想のまち」を、
①クルマが低速で控えめにしか走行しない「信号機のない町」
②小さな建物と小さな庭の組み合わせからなる「緑と寄り添うまち」
③路地によって構成される「住む人、道行く人の顔が見えるまち」、
④小さな店が、そこここにあるまち、
⑤住み・働き・訪れる人と、人々を包み込む風土、人々を満足させるコンテンツとそれを支える地域の文化や歴史が大切にされているまち 
 と考えています。

 こうしたまちには、低速で公共性と環境性能の高い移動手段が必要です。そして、既存のクルマ優先道路を人が安心して歩ける道と新交通手段に分割して再生するとともに、まちの構造も、歩くことを基本にお店や公共施設を配置する必要があります。 こうした新しいまちづくりは、ヨーロッパで部分的に実現しつつありますが、日本ではこれからといえるでしょう。

芹橋のまちの構成上の特性
 彦根市芹橋町は、近世の特徴をそのまま残しているまちです。その特徴は、次のようなものです。
①9尺幅(2.7m)の路地が網目のようなネットワークを作っている
②50坪のコンパクトな敷地で、分割も可能である
③800を越える敷地群が集合している

 これらの特徴を、新しい「まちづくり」の視点からみると、「脱クルマ時代のまちの先駆け」、「郊外ではなく都心への居住回帰の先駆け」、「コンパクトシティの先駆け」となりうる条件が備わっていると言えます。
 江戸期のまちが、「環境と持続可能性を備えた21世紀のまち」のモデルとなり得ている点は不思議です。周回遅れのランナーがいつの間にかトップランナーになっているのです。
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芹橋まちづくり基本戦略
 こうした特徴を踏まえて、青木さんは、芹橋のまちづくりの基本戦略をつぎのように提案されました。
①路地:現状幅員の維持
  現状の2.7mの幅員を維持しつつ人に優しい生活空間として改善することで、脱クルマ時代のヒューマンなまちの先駆けとして全国に発信できる。

②敷地:コンパクトな敷地規模の維持+更なる敷地分割
  路地とコンパクトな敷地群によって構成されるまちの構造を維持することで「人に優しい」安心・安全な空間が生まれ、それがまちの魅力になる。
 コンパクトな敷地と敷地分割により、少ない費用で個性的な都市型住宅、小型店舗、飲食サービス施設などがさまざまに立地できる。これらの機能がエリア内に点在することによって路地を介した回遊性が生まれる。

③建物:個別の建物の防災性能などの強化
  修復、建て替え更新、リフォーム、リノベーション、コンバージョンなどのさまざまな手法による個別建物の省エネ・環境性能、防災性能の強化、美しい外観の創造、現代の建物の躯体の耐火性能は大幅に向上しており、法善寺横町(大阪市)の再生では、道路幅2.7mで、4m同等の耐火性能を実現した。

④庭の維持・確保と庭路樹などによる緑化の促進
  住宅や店舗の前面に庭を設け、そこに植樹して沿道敷地の樹木が路地を緑化する。かつては、見越しの松などの景観が形成されていた。


芹橋の現状と課題
 青木さんの提案を聞いて、芹橋の住民の皆さんや市役所、彦根景観フォーラムで話し合いを行いました。
 まず、芹橋の現状は、路地が狭く軽自動車の通行もギリギリの状態であるため現在の生活には不便で、火災時の消防車の進入にも不安がある。その反面、路地は、高齢者や子どもには安全で、安心して歩いたり遊んだりできる空間である。
 芹橋は、早い時期から不在地主による賃貸住宅が多く、老朽化した建物が更新できないため、空地、空屋が増えている。また、住民は、教師、銀行員、サラリーマンが大半で、高齢化が進んでいる。市の中心部でありながら若い人が出て行って空洞化が進んでいる。
 これに対して、どういうまちを目指すのか手探りの状態であることなどが、報告されました。
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焦点は電柱移設による路地の改善
 芹橋では、電柱の地中化がまちづくりの一つの大きなテーマとしてあげられています。
 このメリットは、クルマが通行しやすくなる。景観がよくなることです。
 一方、デメリットは、電柱に較べて設置コストが10倍、維持管理費も大きいため、公的負担がないと電力利用者負担になる点、地下から電線を住宅に引き出すのに特別な設備が必要になる点、災害復旧に電柱以上に時間がかかる点などがあげられました。

 この問題は、路地の改善と密接につながっているため、市役所と住民と彦根景観フォーラムでさらに勉強会を持ち、建築や都市計画の制度の把握、実際に暮らしている住民のニーズの明確化とその実現方法の検討、新しく芹橋に住みたいというターゲット像を明確にすることなどを含め、全体的に検討することが提案されました。(文責:彦根景観フォーラム 堀部 栄次)
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青木 仁 氏の紹介
 1978年東京大学工学部建築学科修士課程修了。建設省(現国土交通省)、世界銀行、都市基盤整備公団等勤務を経て、現在、東京電力技術開発研究所主席研究員。主な著書に、「快適都市空間をつくる」(中公新書2000)、「日本型まちづくりへの転換-ミニ戸建て・細路地の復権」(学芸出版2007)、「まち路地再生のデザイン-路地に学ぶ生活空間の再生術」(共著:彰国社2010)

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by hikonekeikan | 2010-05-04 15:31 | 辻番所・足軽屋敷