NPO法人 彦根景観フォーラム

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路地を活かしたまちづくり 笠原 啓史 2010.7.18

足軽辻番所サロン  @芹橋二丁目太田邸 2010年7月18日(日)
 路地を活かしたまちづくり
     -大阪・空堀地区の事例を通して

                   笠原 啓史 (彦根景観フォーラム会員・建築家) 

都心回帰、まち暮らしの復権へ 
d0087325_0555416.jpg 今回の講師の笠原さんは彦根出身で大阪で建築設計事務所を営む。
 彼は、旭森学区で育った。当時は、まちはずれの田園地帯で、小学校の生徒数も少なく、城西小学校や城東小学校といったまちなかの小学校と対抗試合をすると、人数も多く体格も優れていた相手に常に負けて、くやしい思いをした。
 ところが、その後、郊外に新しい住宅団地が次々とできる一方、中心市街地は人口が減少し小学生の数が激減した。いわゆる中心市街地の空洞化と、郊外へのスプロール化が進んだのだ。
 そして、いま大阪や東京では、高齢化した世代を中心に都心への回帰が始まっている。郊外の宅地を売って中心市街地にマンションを買う人が増えている。いずれ彦根でも、まち暮らしの復権がはじまるだろうと笠原さんはいう。
 今回の辻番所・足軽サロンは、こうした時代の趨勢を見通し、路地の再生というテーマで大阪・空堀の事例を通して芹橋のまちづくりを考えてみた。

路地とはなにか 
 一口に路地といっても、その成り立ちは様々だ。
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 大阪/空堀地区は、瓦土の土取場跡を長屋として開発した地域で、表通りに面した長屋の後ろに建てられた裏長屋への通路が路地として残ったものである。戦前に立てられた長屋が戦災を免れ、バブル期にも開発されず、今も裏長屋と路地が残る。
大阪暮らしの今昔館には、空堀地区のジオラマが展示されている。

 京都の路地は、平安京以降貴族や武士の大きな屋敷区画を、幾度か分割して小路をつけ屋敷を建て、さらに短冊状に分割して京町家特有の土地利用をする通路として形成された。

d0087325_0393727.jpg  東京向島の路地は、関東大震災による罹災者が流入し、農地に長屋が一斉に建築され、従来のあぜ道が路地になってしまった。


 これらに比べると、彦根芹橋の路地は、江戸初期に足軽組屋敷地として計画的に作られた町割りによって生まれた路地であり、他の地域と較べると非常に合理的で袋小路も少ない。



大阪空堀地区のまちづくり
 路地の魅力は、以下の三つである。
 ①車が通らないヒューマン・スケールなまち
 ②私(プライベート)と公(パブリック)な部分が混ざり合う中間領域
 ③路地を介した人間関係・コミュニティの醸成。暮らしのルールを学ぶ場である。

からほり倶楽部
 では、空堀地区で長屋・路地を活かしたまちづくりを進める「からほり倶楽部」の活動を紹介しよう。
 活動は、解体、売却されようとしていた長屋を請け負った地元建築家が、家主を説得し、解体費を改修費に使い、再生した長屋を分割して店舗に貸すサブリースによる長屋再生事業を始めたことから本格化した。長屋再生事業は、複合文化施設「萌」、お屋敷再生複合ショップ「練」・長屋再生複合ショップ「惣」を生み出している。
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 このような活動の前段階には、からほりのまちの魅力をみんなに伝えようと2000年から始まった「からほりまちアート」がある。毎年10月に、地元商店街の協力を得て開催されてきた。
 さらに、民間が主導で展開し、地域と行政の連携による修景事業HOPEゾーン事業として新しい展開を見せている。からほりは、大阪でも、気楽でまちあるきを楽しめるまちとして人気が上昇している。


つながりを生かすまちなみ
 からほりのまちづくりのテーマは、「お地蔵さんが見守る つながりを生かすまちなみ 「時代」と「世代」、そしてこころのつながり 」(空堀地区HOPEゾーン協議会 まちなみガイドラインより)である。
さらに、まちづくりには、3つの方針がある。 
①昔ながらの建物は、特色を生かしながら今の生活に合わせて大事に使い、次世代に引き継ぐ。
②新しい建物は、昔ながらの良さを取り入れてまちなみとつながりを大切にする。
③先人から受け継がれてきた路地の雰囲気や、お地蔵さんなどまちに残る文化を大切にする。
 この方針にもとづき、まちづくり事業が行われている。そして、優れた建物や取り組みには、からほり推奨建物見つけ隊!が建物を評価し顕彰している。(HOPE事業)

路地の課題
 路地には、次の3つの課題がある。
①既存不適格建築物: 路地に面した建物は、接道がなく、建築基準法に違反するため建て替えができない。このため、無理な増改築により避難通路をふさがれてしまったりして、防災上問題となっている。
②防災上の不安: 超過密で、袋小路が多く逃げられない。 これは、道が狭いだけでなく建物の耐火性が低いという問題も関係している。こうした防災上の問題を人の和で補おうとしている地域もある。
③大規模開発の波: すぐ近くまで大きなビルが迫り、異質な賃貸アパートが突然建てられたりする。良質な集合住宅との共存を探る必要がある。
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まとめ
 芹橋は、大阪や東京の路地と比べると、計画的につくられた良好な住宅地で、しかも路地の歴史的な価値が高いことは大きな特徴だ。

 まちづくりは、建物だけが大事ではない。住むに値する暮らしが大事だ。過去にとらわれず未来に向けて本当に幸せな暮らしとはなにか、それを実現できるまちはどのようなまちかが問われている。

 最後に、 21世紀型のまちづくりは、課題解決型から価値創造型へ転換する必要がある。20世紀型のまちづくりは、牽引型リーダーが、一つの価値観にもとづき、課題解決型でまちづくりを進めた。すなわち、現状を否定し、一つの理想である、より機能的・効率的なまちに向かって、全く新しくまちをつくる方式だった。そのやり方が行き詰まっている。
 21世紀型のまちづくりでは、支援型リーダーが、多様な価値観の調整を図り、価値創造型でまちづくりを進める。すなわち、現状を肯定し、地域の宝物を活かしながら新たな価値を付け加え、まちを磨いてゆく方式である。

 本当に幸せな暮らしとは何かをテーマに一人一人が思いを語り合い、コーディネーターが人々の思いをつないで、みんなが主体的に、幸せなまち、美しいまち、温かなまちという価値を手作りしていく。そんなまちづくりが、路地をめぐって始まっているのではないだろうか。      (by E.H.) 
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by hikonekeikan | 2010-08-03 01:05 | 辻番所・足軽屋敷