NPO法人 彦根景観フォーラム

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《談話室》それぞれの彦根物語2010.12.18

【彦根物語79】
 「虫喰った野菜はおいしいって本当なの? 
     ~ おもしろ、なるほど 野菜の話 ~」

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  児島 久三  (滋賀県湖東農業農村振興事務所農産普及課 参事)


知っているようで知らない、野菜に関する様々な話です。
例えばベジタリアンを菜食主義者と云いますが、ベジタリアンは野菜だけを食べている訳ではなく、穀物、いも類、豆類、木の実なども食べますから、植物食主義者と云うべきでしょう。
 世界には珍しい野菜もあり、スイートコーンの黒穂病胞子を食べるウイトラコーチェ(メキシコ)なんてものもあります。日本の野菜は世界一おいしいのですが、世界一作りにくいのです。それでも、ヒトにとって野菜は消化のよいものではなく、吸収されるカロリーもそんなに高くないと思います。キャベツを食べて成長するアオムシ(モンシロチョウ幼虫)なんて、全身が消化器官みたいなものです。
 よく、アンケートなどで「野菜を選ぶ基準は何ですか」との設問に、「鮮度」が上位に来ますが、野菜にとって鮮度が最重要なのでしょうか。確かにビタミン類は時間が経つと減少しますが、ビタミン不足の人ならともかく、ビタミン不足でない皆さんに重要でしょうか。煮炊きなど、生で食べない場合なら食感にそんなに差はないと思いますが、いかがでしょう。「冷蔵庫で食品を腐らす日本人」と魚柄仁之助さんが書いた新書もありますが、そんな人も多いのではないですか?鮮度もほどほどに、量を食べて欲しいです。
 野菜も虫に喰われたくありませんから、野菜なりに抵抗しています。少々喰われた程度ならいいのですが、レース状にされたキャベツの葉はちょっと辛く感じます。
 また、農薬の残留基準とは健康に影響の出る基準ではなく、毎日、一生食べ続けても影響のない基準を示したものです。基準をオーバーする食品を流通させないよう保健所などで検査していますが、基準オーバーは滅多にありません。基準オーバーの野菜を少しでも食べたら、あたかも健康被害が出るかのようなマスコミ報道は感心できません。

                             
 スイートコーンの黒穂病
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 黒穂粒の煮付:食べてみましたが、それほどおいしくなかった。
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【キーワード】
野菜 ベジタリアン 黒穂病胞子 世界一 キャベツ モンシロチョウ 鮮度 生食 ビタミン類 残留農薬基準  
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by hikonekeikan | 2010-12-27 17:46 | 談話室「それぞれの彦根物語」

若者はまちぐらしが好き! 若者集団と地元団体と大学が手を結ぼう

d0087325_1020191.jpg若者はまちぐらしが好き! 若者集団と地元団体と大学が手を結ぼう

 若者に“まちぐらし”を    吉田玲奈(よしだ れな)さん

   第17回足軽辻番所サロン芹橋生活
   11月21日(日)10:00~ 足軽屋敷中居邸



 寒い、暗い、不便、プライバシーが守れないと否定的に考えられてきた木造の町家。若者はワンルームマンションでないと住んでくれないとばかりに、彦根市芹橋地区でも多くの町家が壊され集合住宅や駐車場に変わっている。
 だが、当の若者達はどう思っているのだろうか。

まちぐらし集団CHOBO
d0087325_1115649.jpg 吉田玲奈さんは、滋賀県草津市生まれ。京都建築専門学校建築科、伝統建築研究科を卒業し、現在は京都建築専門学校よしやまち町家研究室主任研究員で、二級建築士事務所「日暮手傅舎」の代表、さらに京都銭湯部の部長でもある。
 一緒に来られた中村侑介(ゆうすけ)さんも、東京の大学を卒業後、京都建築専門学校で学んだ若者で、二人はまちぐらし集団「CHOBO」(ちょぼ)のメンバーだ。


 CHOBOは、京都市文化財マネージャー育成講座一期生の若者4人で結成された「若者による若者ためのまち暮らしを提案・応援・発信する」集団で、まち暮らしを「町暮」(CHOBO)とタイトル化し、「若者が地域に参加しながら町家暮らしを楽しむライフスタイル=まち暮らし」としている。
 (http://chobo.kyotolog.net/)

ワンルームの孤独
 吉田さんは、「まちづくり」には「上から目線」を感じるという。そこで、水平目線で、まず自分たちでまちに住んでみて、若者が地域に根付きながら町家暮らしを楽しむライフスタイルから「まちづくり」をはじめた。キーワードは「若者」だ。
 京都には学生が多い。しかし、古い町には若者が住んでいない。京町家に惹かれ住みたい若者は多いが、現実はワンルームマンションしか選択肢がない。そして、ワンルームの現実は、孤独な「部屋暮らし」である。学校とバイト先あるいは職場以外の「人とふれあえる居場所」が欲しいと思っている。
 ところが、空き町屋は、不動産業界や大家さんにとっては“お荷物”扱いだ。古いので手がかかる、低家賃しかとれない。したがって、賃貸市場に出てこないのだ。

町家の魅力・まちぐらしの魅力
d0087325_10255577.jpg 吉田さん達には、町家は「シンプルで洗練された造りの素直な建築」と映る。特に、傷みが発見しやすく直しやすい、指導を受ければ住み手が参加して補修できることが大きな魅力だ。これに対して現代住宅は、厳密な構造計算や品質管理を前提にして、住み手が補修に参加することを想定していない。
 また、改修の過程で職人の技と知恵に触れられること、木、土などの自然素材だけで美しい家が造れるおどろき、素材のすべてが再利用できる究極のエコ住宅であること、6~7万円で広い家が2人でシェアできることなども魅力だ。そして最大の魅力は、町家に住むことでまちの人と仲良くなれることだ。

地域の一員になれる町家の力
d0087325_10272250.jpg 吉田さんが、CHOBOのメンバーが借りている町家を紹介してくれた。
 京都市下京区の伝統木造二階建町家、庭付きで風呂なし。二人でシェアしている。この町家は、自分たちで改修し自己負担20万円、大家負担20万円となったが、敷金、礼金なしで、決して高くない。
 ここでは、早朝の路地の清掃と水まき、夜には火の用心の拍子木を鳴らす当番が6日に1回まわってくる。地域の役割をもつことで、地域の一員になり住民とのふれあい、顔のわかるおつきあいができるようになり、自治会の運動会や地蔵盆にも参加している。これが町家の最大の力だ。
 中京区のY邸。伝統木造平屋建で風呂なし。家賃4万円で、2人でシェアしている。ここは、傷みが激しく壊して駐車場にしたいが壊すにもお金がかかるという大家を説得して、自分たちで大改修を実施。3ヶ月の期間と改修費50万円がかかった。そして、美しく再生された町家に心から満足して暮らしを楽しんでいる。

「町家若人の宴」を開催 
 CHOBO自体は、建築家集団で特殊かもしれない。
しかし、CHOBOは、関心の高い若者を集めて「町家若人の宴」を連続開催し、まちぐらしの魅力の共有と暮らしのノウハウの伝達を進めている。d0087325_1028239.jpg
 第1回は、「集まれ若人! 町家若人の宴」で町家に関心のある15人程で立ち上げた。第2回は、「町屋に住みたい 若人集まれ!」で、町家ぐらしのススメの講演を聞き、町家で鍋パーティを行った。第3回が「町家の冬の過ごし方・火鉢講座」で、寒い冬に暖をとる火鉢の使い方、火起こし体験、火鉢の楽しみとしてのお餅焼きや串焼きを楽しんだ。第4回では、「市中の山居で火と暮らす・七輪講座」と題して、町家の庭で七輪バーベキューを楽しんだ。市中山居とは茶室、茶庭の理想を示す用語だが、その転用も含めて全体が実に新鮮だ。

リフォーム、シェア、自動車と若者
 吉田さん達には質問が相次いだ。
 「古い町屋をリフォームしてくれる業者がいないのでは?」という質問には、「地元で長年続いてきた工務店なら大丈夫。不動産屋に相談すると建替を勧められるようだ」と答えられた。
 「町家を二人でシェアするのは、プライバシーなどの問題がないか」という質問には、「ルールを決めて、ルールを守るように最初に決めておけばふすま1枚でも大丈夫。お互いの気配を感じる方が楽しい。」という答だった。
 「町家でも自動車が持てないと若者は離れるのではないか」という質問には、「街中では自動車は持たない若者が多い。維持費の負担が大きいので嫌われる。」と回答された。

地元まちづくり委員会の役割
d0087325_1031988.jpg 「若者は町家や地域の人間関係にあこがれるが、地域の方が若者をうるさいとか行儀がわるいとか、近所迷惑だとかで受け入れないのではないか。」という意見があった。
 これには、吉田さん達を足軽辻番所サロンに招いた笠原さんが、彦根市に隣接する豊郷町で、滋賀県立大学の学生グループが空き蔵を借りて改造し自分たちで住む「とよさと快蔵プロジェクト」の事例を紹介した。
そこでは、地元住民が主体的に「豊郷まちづくり委員会」をつくり、若者に空家を貸したり住民とのトラブルを仲介して問題を解決する受け皿となり、お祭りや空き農地の活用、子どもとお年寄りのふれあいなどでそこに住む若者達と一緒にまちづくりを進めている。

大学の力
d0087325_10315442.jpg さらに参加者からは、滋賀大学経済学部や滋賀県立大学、聖泉大学、ミシガン州立大学連合日本センターなど4千人を超える学生がいる彦根でも、町家や古民家を再生すれば学生の需要が期待できること、イギリスの大学などで古民家を大学が借りたり買ったりして大学院生に6人程度のシェアハウスとして貸し、伝統的建築物の保護と財産価値の保全を両立させている事例などが紹介された。

 「若者集団」と「地元まちづくり委員会」と「大学」。この3つのつながりが、彦根地域、なかでも芹橋地区のまちづくりのキーワードになりそうだ。(By E.H.)
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by hikonekeikan | 2010-12-24 01:17 | 辻番所・足軽屋敷

それぞれの彦根物語79のお知らせ

【彦根物語79】
   【日 時】 平成22 年12 月18 日(土)10:30~12:00
   【会 場】 ひこね街の駅「寺子屋力石」

虫喰った野菜はおいしいって本当なの?
         ~ おもしろ、なるほど 野菜の話 ~
 

   児島 久三 (滋賀県湖東農業農村振興事務所農産普及課 参事)

 農業改良普及員(県職員)として長年、野菜の生産者に対する栽培指導に携わってきたことや、自分でも野菜を作っている経験から、野菜のよもやま話をさせてもらいます。
 旬、鮮度、害虫、野菜の抵抗、農薬、諺などなど、今までの視点とはひと味ちがう野菜の話しです。
 彦根ならではと云うものではありませんが、松原や長曽根にも触れてみたいと思います。

コーディネータ: 山崎 一眞
     (NPO法人彦根景観フォーラム理事長、滋賀大学地域連携センター特任教授)
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by hikonekeikan | 2010-12-12 20:52 | 談話室「それぞれの彦根物語」

郷土史家たちの奮闘の物語

【彦根物語78】   平成22年11月20日(土) 10:30-12:00

長野主膳の志賀谷「高尚舘」と志賀谷村領主水野氏      谷村潤一郎さん (柏原宿古文書を楽しむ会) 

 運送会社の倉庫前に残る四角い土地。そこだけ草木が雑然と茂り、倉庫への出入りを邪魔している。倉庫会社に尋ねるとどうしても売ってくれないのだという。
 この土地が、今回の彦根物語の主人公、谷村潤一郎さん達が突きとめた長野主膳の志賀谷「高尚舘」跡だった。

郷土史家たちの奮闘 
 谷村潤一郎さんは、米原市在住だが、旧制彦根中学の卒業生で滋賀大学経済学部に学び、銀行の彦根支店にも勤務したことのある彦根通だ。
 退職後、米原市の地元有志でつくる「柏原歴史館ふれあい友の会」の一員として柏原宿の歴史を調べていたが、長野主膳の門弟 巌佐由子(いわさよしこ)の文書に多数の長野主膳と妻たきに関する文書が含まれているのを知る。そこから、市場の三浦北庵と志賀谷代官阿原助大夫が長野主膳の「高尚館」立ち上げに尽力したことを掴むが、決定的な史料がない。阿原代官の菩提寺と掛け合い関係する寺を調べ阿原家子孫にも会って、ようやく概要をまとめ、平成14年に柏原宿歴史館で企画展「志賀谷高尚舘・長野主膳義言と柏原宿の門人巌佐由子」を開催した。
 そして、これが機縁となり、平成16年に阿原家の子孫から、平成19年には分家の孫四郎家子孫から計1,300点余りの文書を預かることができ、解読の結果、ついに通説を覆す事実を発見した。
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高尚館跡の発見と領主水野氏の系統
 長野主膳義言は、幕末の大老井伊直弼が心酔し、志賀谷から家臣として彦根に招いた国学の師である。直弼の懐刀として安政の大獄での攘夷派の摘発や公武合体策などの朝廷工作に活躍したが、桜田門外で直弼が暗殺されると急速に支持を失い、最後は彦根で斬首された。長野が近江に入り刑死するまでの21年間のうち前半の12年間は、志賀谷の相楽院で国学塾「高尚館」を開いていたとされる。また長野を庇護した志賀谷村の領主は、紀州藩の筆頭で附家老の新宮城主水野土佐守であるとされていた。

 ところが、谷村さん達は、阿原代官文書から阿原家の家系や代官屋敷絵図とともに、国学塾「高尚館」の平面図と場所が特定できる地券書を発見した。さらに天保期と思われる志賀谷村絵図で相楽院が高尚館とは別の場所にあったことを確認し、高尚館と相楽院は別の建物だと断定した。
 さらに、谷村さん達は、紀州藩志賀谷村領主の水野氏は、新宮城主水野土佐守ではない分家の系統の水野家であることも系図から確認した。

歴史的発見の魅力  
 こうした発見は、歴史のベールに覆われていた事実が明らかになる爽快感がある。しかも、新たな解釈や仮説を生む。
 参加者からは、天保12年11月に市場に三浦北庵を頼って来た出自不明の国学者が、翌年2月には志賀谷村に移り、代官の絶大な支援の元に高尚館や本居宣長を祀る神社などを次々に建てていくことができたのはなぜかという質問があった。谷村さんは、長野は紀州藩が彦根藩に送り込んだ工作員だったという説を紹介した。紀州徳川家は幕府将軍職を獲得するため、重大な影響力を持つ彦根藩を抱き込む作戦を立て、素性を隠して長野を送り込んだ。この策は、紀州藩出身の第14代将軍家茂の擁立となり、みごとに成功したというものだ。

えたいの知れない魅力 
 一方、私には、谷村さんの探求の物語(ストーリー)展開が魅力的だった。「能」の物語の基本構造と似たものが、谷村さんの物語に感じられた。
 能では、すぐにはそれとはわからないが得体の知れない人物が登場し、やがて本性をあらわし、ぼんやりとした歴史のベールを上げ、時間の壁に穴をあけて、その地に生きて死んだ人の思いを打ち明け、舞を舞う。終わると再び時間の霧のかなたに消えていく。
 谷村さんの物語も、運送倉庫前の土地にはじまり、えたいの知れないものの魅力に導かれているようだった。振り返ってみると、この種の物語の材料は、近江には当たり前に存在する。すぐにそれとはわからないが、やがて本性をあらわす「えたいの知れない」魅力。この近江の魅力に「はまった」人が、司馬遼太郎や白州正子かもしれない。
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地元情報のクリエイティブな価値 
 現代は、圧倒的なマスメディア優位の時代であり、「地元の情報」が継承されない。
 今回の例をみても、地元ではすでに情報は失われており、もし阿原家文書が日の目を見ることなく失われていたなら、もし谷村さんたちの粘り強い解読がなかったなら、長野主膳の志賀谷「高尚舘」は歴史のベールに覆われたままだっただろう。
 「歴史的事実の発見は、結局はそれだけではないか。それで現在や未来が変わるわけではない」という人もいる。だが、よく考えてみると、過去を生かすのは、現在の人次第である。地元の情報を失うことは、過去、現在、未来をつなぐ地域の文化や文化を生む人間のアイデンティティの問題と深くつながっているのではないだろか。
 この歴史的発見を契機に、長野主膳が化身して我々に世の無常を告げてくれるクリエイティブな作品が作られるかもしれない。さらに展望すれば、日本経済が「クリエイティブ経済」の色彩をますます強くする中で、地元の情報と文化は、地域の重要な資源になるだろう。
 谷村さん達には、これからも大いに活躍していただきたい。(By E.H)
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by hikonekeikan | 2010-12-12 20:38 | 談話室「それぞれの彦根物語」

《談話室》それぞれの彦根物語2010.11.20

【彦根物語78】
 「長野主膳の志賀谷「高尚舘」と志賀谷村領主水野氏」    
 
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谷村 潤一郎  (柏原宿古文書を楽しむ会代表)

 私の地元米原市柏原は中山道柏原宿で、平成10年創立の柏原宿歴史館があります。

 長野主膳の門人は近隣では柏原宿が一番多く、その中で長野主膳夫妻は巌佐由子とは家族ぐるみの付き合いで、主膳夫妻の文書が非常に沢山出て来ました。巌佐家文書を軸に企画展「長野主膳と門人巌佐由子」を開催しました。

 これまで主膳の志賀谷時代の状況は、主膳自作の「長野家譜略・授業門人姓名録」と京都金福寺住職小関魯庵「幕末秘録」がごく一部の記述だけ、私の企画展図録は、その空白部分を埋めた最高唯一の作品だと自惚れていました。とこらが企画展後、志賀谷村阿原代官文書との出会いで、定説を転用した2箇所が誤りであったことに気がつきました。

 相楽院が高尚舘の場所でなく、相楽院は阿原代官屋敷の近くにありました。今一つ志賀谷村領主は有名な紀州藩付家老の新宮城主水野氏でなく、別人の家老水野氏でした。しかし明治の地券証で高尚舘の場所の確定が出来、建物平面図や桜根(本居宣長)神社勧請許可証の発見もありますので、企画展図録誤記の訂正と併せご報告いたします。
                             
「高尚舘」跡地
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阿原代官所有地内、「高尚舘」敷地
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和歌山市史挿絵 (志賀谷村領主「水野太郎作」家)
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志賀谷村領主「水野太郎作家」略系図
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【キーワード】
長野主膳
高尚舘
巌佐由子
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水野太郎作
新宮城主水野氏
金福寺住職小関魯庵
桜根神社
中山道柏原宿
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by hikonekeikan | 2010-12-10 17:30 | 談話室「それぞれの彦根物語」