NPO法人 彦根景観フォーラム

<   2011年 05月 ( 3 )   > この月の画像一覧

彦根景観フォーラム 6月の予定

彦根景観フォーラム 6月の予定

1,定例会 
    6月1日(水) 19:00~ 滋賀大学陵水会館会議室

2,多賀「里の駅」・一圓屋敷の集い、試食会  
    6月4日(土) 9:00~12:00 一圓屋敷 参加料500円 
    第32回「みんなで歩こう野鳥の森」 中川信子さん(自然観察指導員)

    -初夏の緑の中いろいろな植物を観察しながら、野鳥の森の散策路(約4km)を歩き
    ます。自然の中で深呼吸!楽しい発見がいっぱいです!
    9:00~10:00 多賀「里の駅」・一圓屋敷で各自おにぎりをにぎってお弁当を準備します。
    お茶はご持参ください。
d0087325_21183416.jpg


3,足軽辻番所サロン「芹橋生活」 
    6月19日(日) 10:00~11:30 足軽屋敷・中居邸 参加料100円 
    「防災図上訓練に挑戦しよう」 彦根市都市計画課のみなさん

    木造住宅が密集した彦根旧市街地にとって、地震とそれに伴う火災は大きな脅威です。
    実際に地震が起こったら、まちはどうなるのか、住民による初期避難や初期消火はできる
    のか、図上訓練に挑戦します。
    そして、次回(7月17日)は、大窪健之さん(立命館大学教授)の指導を受けて、住民防災
    計画を作ります。
d0087325_21192492.jpg


4,彦根街の駅・寺子屋力石 談話室「それぞれの彦根物語」  
    6月25日(日) 10:30~12:00 寺子屋力石 無料
    第82回「感動の軌跡」 中村 一雄 さん(彦根写真連盟会長、写真教室講師)
    ―アマチュア写真家が未来に残したい琵琶湖、そして彦根の情景― 

     彦根に生まれ、写真を撮り続けて63年。四季を通じた琵琶湖の美しさ、そこに生息する
    野鳥達に魅せられ、71歳のときに写真集「感動の軌跡」を発刊することができました。
    平成19年に50周年を迎えた彦根写真連盟の活動などを通して全国各地の美しい情景を
    見てきた一写真家として、「美しい琵琶湖」「未来に残したいふるさと彦根」への私なりの願
    いを語りたいと思います。(コーディネータ: 堀部栄次)
d0087325_2120549.jpg

[PR]
by hikonekeikan | 2011-05-30 21:23 | お知らせ&NEWS

《談話室》それぞれの彦根物語2011.5.14

【彦根物語81】
 「幻の名窯湖東焼
―絹屋窯、藩窯、山口窯から、まからずや湖東、再興湖東焼まで―」

d0087325_18195661.jpg


中川 一志郎
(陶芸家、NPO法人彦根景観フォーラム会員)


湖東焼と言う名前を聞けば名品・高級品という認識を持たれる人は増えてきた。
しかしながら、どんな焼き物かと問われると説明出来る人はほとんどない。まず特徴からいうと「青みを帯びた素地に繊細な絵付けが施された上品な作品が代表である。究極の職人技ともいえる、それらの作品が『幻の名窯』と呼ばれる湖東焼の名声を作り上げたのは確かである。しかしながら、それらは湖東焼の名品の一部にすぎない。湖東の銘が入って無い雑器類が窯の商業ベースを護っていたのも事実である。
桜田門の変の後、廃窯となりさまよう職人達。大半は出身地である産地へ戻った。当時、窯頭であった幹山伝七は清水焼へ移った。共に付いて行った職人「奥村松山」は後(明治から大正期)に、彦根で焼かれた『まからずや湖東』の祖先である。明治末頃に「湖東」の銘を入れた贋物が多く造られた。これは名品の証といえる。昭和になってから松山の子孫である『奥村宗山』が細々と湖東焼を護っていた。他にも湖東焼に想いを馳せて復興を夢見た人達がいたようである。
今、そんな想いを持った仲間によって「NPO法人湖東焼を育てる会」が発足して、伝統を守り次世代に繋げようと活動している。湖東焼は彦根の誇れる伝統文化です。

d0087325_1815638.jpg



d0087325_1816321.jpg
湖東焼窯元 一志郎窯


d0087325_18163031.jpg
藩窯期の安政2年(1855)に彦根藩普請方が作成した茶碗山の窯場絵図


d0087325_18173456.jpg
湖東焼窯跡


d0087325_1818112.jpg
湖東焼年表


d0087325_18182994.jpg


d0087325_18191779.jpg
NPO法人湖東焼を育てる会

【キーワード】
直弼・絹屋半兵衛・楽焼・まからずや湖東・幹山伝七・奥村宗山・鳴鳳・幸斎・自然斎
[PR]
by hikonekeikan | 2011-05-30 17:57 | 談話室「それぞれの彦根物語」

彦根景観シンポジウム2010 彦根・芹橋のまちづくりを考える(2)

特集:彦根景観シンポジウム2010
彦根・芹橋のまちづくりを考える(2) 
    路地がひらく未来の芹橋

 彦根景観フォーラムと彦根辻番所の会は、2010年11月23日、四番町ダイニング多目的ホールで彦根景観シンポジウム2010「彦根・芹橋のまちづくりを考える」を開催しました。

テーマは「路地を生かす」。
シンポジウムに先だち、午前中に芹橋地区に彦根藩時代から残る足軽組屋敷地の路地や辻番所を歩き、さらには足軽屋敷の内部を見学し、急速に変貌していく路地の景観や住宅開発の様子をつぶさに観察しました。

 午後は、山崎一眞彦根景観フォーラム理事長の問題提起に基づき、西村幸夫東京大学大学院教授、青木仁・滋賀大学客員研究員・TEPCO主任研究員、大窪健之・立命館大学教授の3人の講師の講演とその後に約80名の参加者で熱心な討議が行われました。
 今回は、その後半を紹介します。
d0087325_1644934.jpg


歴史地区の住民防災まちづくり(事例報告2) 

d0087325_16513596.jpg
 大窪健之・立命館大学教授は、阪神淡路大震災の経験を教訓に、大規模災害では住民による初期活動が非常に重要なポイントで、住民主体の防災訓練が日常的・継続的に行われる工夫が大切と述べられました。
 そして、この観点から調査すると、国が指定した重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)でも、地区防災計画が策定されているのは全体の半数であり、さらに住民と一緒に計画を作ったのは2地区だけで、行政から住民への一方通行になっている。その結果、いざ住民が初期活動をしようとしても多くの支障が出ると指摘されました。

●図上訓練と発災訓練で課題が明確化
 大窪先生は、重伝建地区である兵庫県篠山市の城下町地区と京都府美山町北のかやぶき集落地区の2地区で、住民と一緒に災害図上訓練と実際の発災対応訓練を行い、そこで浮かび上がった問題点から、住民視点の防災計画と設備整備を検討されました。

d0087325_17404742.jpg 篠山市の例では、住民ワークショップを開催し、災害図上訓練をしたところ、消火栓の水圧低下が起こること、水源としての堀や川に降りる方法や取水の仕方が不明であること、密集した市街地には高齢者世帯が多く、通路がふさがって災害時の避難誘導・救助が極めて困難であるなどの課題に住民自身が気づきました。

 そして、高台への貯水槽の整備や堀や川へのアプローチの整備を行政に依頼するとともに、各戸の井戸を地域で共有する井戸マップを作成し井戸用手押しポンプを復活させる、近隣の若者が多いアパートなどを取り込んだ防災活動を行うなどのアイデアが出され、地域の一体感を向上させ、若者を地域行事に招く取組がはじまりました。

 また、実際に発災対応訓練をしてみると、まちなかでのバケツリレーは5分間続けるのが精一杯で、高齢者の誘導も避難経路が確保できず困難を極めました。この結果、住民自身に災害対応が全くできていないという自覚が広がったと報告されました。

●芹橋の予想される災害リスクと対策
d0087325_17463957.jpg 午前の現地見学に参加された大窪先生は、木造住宅が密集する芹橋周辺でも、地震により発生した火災が延焼すること、路地が閉塞し避難が困難になることの二つのリスクが大きいと指摘されました。

 対策としては、歴史的な水利である芹川と堤防脇水路、井戸の活用をあらかじめ計画しておくこと、路地が閉塞することを想定し、敷地の裏側の庭や背割り水路を横につないで家の後から空き地や駐車場へ逃げられるように小径を準備しておくことなどが考えられるとされました。



地域ルールづくりから始めよう(全体討議)

 講演の後、聴衆から、現代の生活や商売と自動車の必要性、芹橋の観光地化のあり方、市民防災の進め方、具体的なまちづくりの進め方などについて質問が出され、活発な議論がされました。主な質問と回答を紹介します。
d0087325_17523699.jpg


●彦根のような地方都市では、自動車が自宅まで来ないと若者は住んでくれない。路地を広げないと芹橋はますます人口が減る。また、駐車場のない商店街には客が来ないのが現実だが、どう考えるか。

 ○若者が既成の市街地の実家から出て郊外に家を持ち戻ってこないのは、路地があるからというわけではなく、全国共通の傾向でした。しかし、世代替わりとともに高齢化した子ども世代が車に頼らなくても生活できる既存市街地に回帰する傾向が生じています。商店も、人口減少・少子高齢化で郊外の大規模店は採算が悪化し、独自の感性で固定ファンをもつ小さな店が繁栄しています。

d0087325_17541047.jpg 社会の流れは大きく変わってきています。これまでの成功事例や固定観念にとらわれず、未来の視点から芹橋の個性であり強みである街中の立地と歴史資源である路地を生かし、他の方法で欠点を柔軟に補う知恵を出すことが大切だと思います。

小さな子どもを抱えている若い世代は車が必要と思うが、どう考えるか。

○西村 私も狭い道のどんつきに住んでいて、車は100メートル以上離れたところに置いている。車が全く入れないとすごく不便だが、芹橋は何とか車が入れる。そこで長時間止めなくても済むような駐車場が分散的にあって、4、5分ぐらいで行けるのであれば、それほど問題はないと思います。
 不便というマイナス面もあるが、静かだとか、安全だとか、子どもが心配なく遊べるとか、いい面もある。いい面とマイナス面のバランスで考えるといいと思います。

●市民が簡単に使えるような消火栓があると聞いたが、教えてください。
d0087325_17552795.jpg○大窪 易操作性消火栓といいます。ホースの直径が35ミリぐらいで、消防が使う65ミリに対してはパワーは非常に弱いんですが、コックをひねるだけで使え、1基10万円ぐらいまでです。
京都の清水寺周辺地域で震災対策の防火設備を整備する事業で、公設の消火栓と同時に市民用の消火栓を25メートル間隔で置いています。ホースの中にコイルが入っていて、誰でもすぐ使えます。それを普段から使うという考え方で、道路の水まきから車の水洗い、庭木の水まきにまで使っています。
市民用の消火栓を身近なところに設置して、維持管理は地域が担うシステムは、ポテンシャルが高いと思っています。

●芹橋が観光地化し、沢山の見知らぬ人が入ってくると、住民は不安を感じるのではないか。

○観光地化は本来の目的ではないが、芹橋の歴史的資源に磨きをかければ、副次効果として魅力のある街になり、住む人も増えるが見たい人も増える。そうなれば、店をしたい人が地元からも出てこられ、店をしながら住み続ける人も出てくるので、それを一概に否定することはできないと思う。

 問題は変化のスピード。ゆっくりと観光地化が進むのであれば、地域でまちづくりの統一ルールを決めて、良いものを選択し悪いものを排除することは十分可能だと思う。
実際、全くの住宅地が、環境がよくなり少しずつ良い感じの店が増えていって、周りもそれなりに受け入れている所が多くあります。                

●地域でまちづくりのルールを決めようということだが、路地の保全、交通、防災と多くのことが絡み、どこからどう始めればいいのか?

d0087325_1756201.jpg ○芹橋の路地を見ると、塀が道路境界に立ち、少し下がって建物が建ち、それらが連続して美しい景観になっている。足軽屋敷など重要な建物は現状のまま保存しなければいけないが、それ以外は、境界線に塀を立て、少し下がって建物を建て、庭の緑が路地から見える方式でルールが統一されると違和感がなくなる。

この景観ルールを彦根市の地区計画に位置付け、ルールに従って耐震化・不燃化する建て替えであれば、建築基準法42条3項を適用して認める仕組みをつくることは、十分考えられる。

また、電柱も屋敷の裏に移し裏側配線にすれば費用も少なくて済む。同時に裏側で横方向の避難路を確保し、車回しや小規模な駐車場を整備してこれと結べば、交通と防災を兼ねた対策ができる。

こうした防災と交通と景観をセットにしたまちづくりルールを芹橋の小地域で合意できるか、それを行政と一緒に進めることができるかが、今後の大きなポイントになると思う。(終)         (文責:堀部栄次)
[PR]
by hikonekeikan | 2011-05-04 17:59 | フォーラム