NPO法人 彦根景観フォーラム

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11月3日 逓信舎 カフェ&ギャラリー オープン

逓信舎 カフェ&ギャラリー
      11月3日(土) オープン


 彦根市の花しょうぶ通り商店街にある逓信舎(ていしんしゃ)は、元郵便局舎として使われていた建物で、2011年に登録有形文化財に認定されました。

 滋賀県立大学の柴田いづみ研究室により昨年から順次修復と改装が行われてきましたが、11月3日、1階のコミュニティ・カフェと2階のギャラリーがオープンします。ギャラリーでは、真庭さんのコレクション「狼少年の映画ポスター展」が開催されます。

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 逓信舎は、インターネットラジオ局を併設し、スタジオから毎週日曜日午後2時から4時に、次の番組を放送しています。みなさん聴いて下さいね。

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▼『DADAラジオ』(毎月第1・3日曜日、14:00~15:00)
 DADAジャーナル編集人の杉原正樹さんと読者の江竜美子さんが、彦根の近代化遺産とその思い出を話します。

▼『CLOVER RADIO』(毎月第1・3日曜日、15:00~16:00)
 オススメする洋楽シリーズをメインに、CLOVERことクロが担当♪まったりゆったりと、日曜午後に素敵な番組をお送りします☆

▼『逓信まちナビ!』(毎月第2日曜日、14:00~15:00)
 大西雄大(聖泉大学3回生)と、世森浩幸(聖泉大学3回生)がパーソナリティ。人・街・歴史をキーワードに、毎回素敵なゲストを迎えるトーク&ミュージック、生放送でお送りしている番組です!!

▼『ROCK BOTTOM』(毎月第2・4日曜日、15:00~16:00)
 日曜の昼下がりには相応しくない音楽をかける音楽番組アナログキッドが、超ホットなライヴ・レポートを中心に、異例のアイドルソングも交えながら1時間お届けします!

▼『歴箱-REKIBAKO-』(毎月第4日曜日、14:00~15:00)
 歴史を愛する面々がくりなす、真面目ゆるいヒストリートーク。遠い昔へいざないます。

http://www.fm-gig.net/radio.htmlで配信中。
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by hikonekeikan | 2012-10-23 23:21 | お知らせ&NEWS

彦根景観フォーラム行事案内

彦根景観フォーラムの行事をご案内いたします。是非、ご参加ください。

なお、まちづくり情報誌「きらっと彦根」vol.30を近日発行します。お楽しみに。


◎10月19日(金)14:30~16:30 
滋賀大マルシェ2012「環境こだわり農産物 秋の収穫祭」
  ~農家からあなたに届ける最高の贈り物~

 場 所:滋賀大学 彦根キャンパス 生協前広場

◎10月19日(金)19:00~21:00 
 月例会議 
場 所:ひこね街の駅「戦國丸」

◎10月20日(土)10:30~12:00 
ひこね街の駅「寺子屋力石」談話室 それぞれの彦根物語95
 テーマ:寺子屋力石のルーツをさぐる
 語り手:力石 寛治さん(寺子屋力石 持主)
 場 所:ひこね街の駅「寺子屋力石」
 伊予の国(愛媛)からわけあって、江戸へ浪人としていく。そこで、井伊家の家臣 三浦と懇親の仲になり、息子3人をお願いする、自分は江戸に残る・・・・・その3人の息子が彦根に定着し、(寛永9年、1632年)力石家がはじまり・・・・・
寺子屋力石の初代は、正徳5年(1715年)生まれ、家臣となるが病弱のため、この地に隠居した。元文2年(1737年)頃、結婚と同時か? これより約275年・・・・・あるときは9人家族、そして最後はひとり、現在は住人はゼロで、利用者〇〇人となる。

◎10月21日(日)10:30~12:00
 足軽辻番所サロン「芹橋生活」33
 テーマ:独座観念
 語り手:小田 輝子さん(地元住人、彦根辻番所の会、彦根景観フォーラム会員)
 場 所:善利組足軽屋敷「太田邸」
井伊直弼がかいた書に「茶の湯一会集」があります。その中の一部「独座観念」を解説し、「一期一会」「余情残心」など、直弼の生き方を幅広く見つめましょう。

◎11月3日(土)
 多賀「里の駅」野菜市&集い
  9:00~12:00 野菜市 地元農家の採りたて野菜の販売
  9:00~10:15 野鳥の森 植物観察会
 10:30~12:00 集い49 (参加料 500円)
  テーマ:昭和のくらし
  語り手:火口 悠治さん(元小学校校長)
  試食会:秋の実りを味わう炊き込みご飯
 場 所:多賀「里の駅」一圓屋敷

◎11月17日(土)10:30〜12:00  
 ひこね街の駅「寺子屋力石」談話室 それぞれの彦根物語96
 テーマ:鍾馗(しょうき)さんを探しにまちへ出よう!
 語り手:鈴木 達也さん(まち遺産ネットひこね、彦根景観フォーラム会員)
 場 所:ひこね街の駅「寺子屋力石」
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by hikonekeikan | 2012-10-18 00:05 | お知らせ&NEWS

「がらたて」から豊饒なる言葉の海へ

それぞれの彦根物語94

 「がらたて」考  

           金子 孝吉  滋賀大学教員、ひこね景観フォーラム監事

               2012年9月22日 @ひこね街の駅・寺子屋力石

「がらたて」の不思議
d0087325_18481027.jpg 「がらたて」と聞いて、それが何かわかる人は、滋賀県の彦根市と湖北地方にしかいない。それにしても、「がらたて」とは不思議な響きだ。なぜ「がらたて」というのか?いろいろな人に聞いたが誰にもわからない。
 ところが、同じものを彦根市に隣接する多賀町では「ぼんがら」という。わずか数キロ離れているだけで、なぜこんなに違うのか?「ぼんがら」とは何を意味するのか?

 滋賀大学教授で彦根景観フォーラムの監事でもある金子先生は、この言葉を初めて聞いた時「がらくた?」と思ったそうだ。普通の人は実物をみて、これが「がらたて」かと一応の納得をするのだが、金子先生はそれだけでは終わらなかった。詳しく調べていくうちに、たった一つの言葉から尋常ならざる豊かさと複雑さをもつ方言の大海へ導かれていった。


「がらたて」の正体
d0087325_18552112.jpg 「がらたて」とは、小豆あんを、米粉または小麦粉で作った皮で包み、サルトリイバラの丸い葉ではさんで、蒸してつくるお餅だ。金子先生は和菓子というが、地元の感覚ではお菓子というよりお餅だ。
 彦根や湖北地方では、主に初夏の季節に農家や民家で作られ、食べたり、贈り物にされていた。今では家庭で作ることはめったになく、和菓子屋で通年売られている。
 素朴でとても美味しいお餅で、彦根景観フォーラムと多賀クラブでは、多賀里の駅・一圓屋敷で「ぼんがらもち」づくりを企画したことがある。

 今回の彦根物語では、「がらたて」とは、サルトリイバラを指す方言であること、同じサルトリイバラを指す方言が尋常とは思えないほど多くあること、サルトリイバラの葉で包んだお餅や団子・まんじゅうは、西日本を中心に各地に見られるが、その地方ごとの呼び名もまた非常に豊かで複雑であることがわかった。
 さらに、東日本には、サルトリイバラではなく柏の葉で包む「かしわ餅」文化圏があることもわかった。西日本の人間の感覚では、「かしわ餅」はお菓子だが、「がらたて」はお餅だ。


サルトリイバラという植物
d0087325_18561493.jpg 「がらたて」という言葉の由来となったサルトリイバラとは、どのような植物だろう。
  「原色牧野植物大図鑑」によると、「ユリ科で、日本、台湾、朝鮮、中国に分布し、山野に生えて木質のつるでよじ登る低木。まばらにとげがある。葉は丈夫な革質で光沢がある。花は春から初夏に咲き、後に径7~9mmの果実を結ぶ。西日本では葉をモチを包む時に使い、根茎は薬用になる。和名猿捕りイバラは、トゲがあり猿がひっかかるところからいう。」とある。
 毎月第1土曜日朝9時からの多賀里の駅・野鳥の森植物観察会でもおなじみの植物だ。


サルトリイバラの方言の豊饒さ
 金子先生の頭の片隅には、「がらたて」が居座っていた。あるとき、大学図書館で別の本を探していた先生は、本棚の片隅にある本の列に呼ばれたという。それが、『日本植物方言集成』(八坂書房編 2001年)だ。ここには、日本の全国各地にみられる植物の多様な方言が記録されていたが、サルトリイバラの項には「いが 山口(美祢)大分」から始まり「わんごろめ 三重(志摩)」まで340種類が記録されている。そのなかには、「がらたて 滋賀」、「ぼんがら 滋賀(彦根)」とあるが、いまひとつ実態と合わない。

 そこで、白井翔平監修『全国方言集覧』【動植物標準和名→方言名検索大辞典】(太平洋資源開発研究所編)にもあたった。ここにも、各県別に膨大な数の方言が記載されていたが、「がらたて」は、彦根市、犬上郡、伊吹町、「ぼんがら」は彦根市、犬上郡、愛知郡とされ、さらに彦根市や坂田郡、高島郡などの県内では、ガラタチともカラタチイバラとも呼ばれていることもわかった。

 ここから、金子先生は、サルトリイバラの方言の数々の由来を推測するのだが、その迷宮にはとてもついていけない。一つだけ紹介すると、サンキライとは、山帰来に由来し、中国にある漢方薬の山帰来と混同したもの、サルトリイバラは根に薬効があるとされる。また、猿嫌い(とげがあることから猿が嫌う)に由来するかもしれないという。


決定的な発見・「がらたて」の語源
 「がらたて」がサルトリイバラの方言に由来するらしいと知った金子先生は、今度は、日本の文学作品の中を探した。

 伊勢物語六十三段「つくも髪」に、在原業平という超モテ男に恋した白髪の老女が、業平の家をのぞき見て勘違いされ、あわてて「うばら、からたち」に引っかかるのもかまわず家に帰り、業平の来るのを待ったとある。また、枕草子一四七では、名前がおそろしいものとして「むばら。からたち。」とある。建礼門院右京大夫集一四八には、「むばらからたち」に引っかかって藪の中に逃げ込んで、逃げのびたという記述がある。謡曲「忠信」には、源義経を追って、「いばらからたち分けつ潜りつ、」京にたどりつくとある。 

d0087325_18584058.jpg そして、「彦根古絵図」(滋賀大学経済学部付属資料館蔵)に、「彦根の地、往古はイバラガラタチ相ましはり、山も陸も沼も一面にして」という決定的な書き込みがあることを、金子先生は発見する。
 今度も、先生は古絵図に呼ばれた気がするという。

 ところで、「むばら、からたち」と2つの言葉が一緒に出てくるが、「むばら」は「いばら」の古語で、「からたち」は、現在の「からたち」(ミカン科カラタチ属)を含むがそれよりも広い概念で、ノイバラやサルトリイバラを指していたと考えられるという。

 江戸時代の文献では、平賀源内「物類品しつ」宝暦13年(1763年)で、サルトリウハラ 近江讃岐方言カラタチ、伊勢方言カンクチとあり、越谷吾山「物類称呼」安永4年(1775年)でも、サルトリウバラ サルトリノ花 近江讃岐にてカラタチというと記述されている。つまり、江戸中期には、近江・讃岐において「からたち」という呼び方があったということである。「がらたて」は、「からたち」が語源である確率が高まった。「からたち」が「がらたて」へ発音が変化し、お餅の名前になったことは、十分考えられる。
 なお、「ぼんがら」の語源については、盆の後の日(群馬県)、盆の終わりの日(栃木県)、盆の団子の残ったものなどの意味を、先生は推察されている。 


サルトリイバラとかしわ
 サルトリイバラの葉で包んだ餅は、西日本に圧倒的に多い。東日本ではカシワの葉で包む「かしわ餅」が多い。西日本ではカシワの葉がなかったのか?というとそうではない。金子先生の調査によると、食べ物を上に盛ったり、それを包む葉は、みな「炊ぐ葉・かしわ」と呼ばれたので、サルトリイバラが使われた餅も「かしわ餅」の一種だった。
 サルトリイバラを用いるのには、別の意味があった。それは、サルトリイバラの葉がもつ薬効性・防腐力、香りが人に霊的な力を信じさせたからだ。そして、端午の節句から田植え儀礼、お盆にかけて、健康増進・疲労回復を願ってたくさん作られ、贈り物にもされた。


サルトリイバラの葉で包んだ餅の方言
d0087325_19125550.jpg さて、このサルトリイバラの葉で包んだ餅(団子、まんじゅう)には、餅を包むときに1枚の葉で包む場合と、2枚ではさむ場合がある。餅の中身、形も多様である。同様に様々な呼び名がある。彦根では、「がらたて」、「小麦だんご」、湖北は「がらたて」だが、「からたちばっぱ」もある。多賀町は、「ぼんがら餅」だ。

 ここから、金子先生の驚くべき調査が再び始まる。文献で調べるだけでなく、全国各地の和菓子店に行って聞いている。例えば、三重県松阪市の笹屋は「いばらまんじゅう」、尾鷲市みのや製菓舗は「おさすり」、愛知県江南市大口屋は「あんぶさんきら」、大府市鶴屋吉祥は「いばら餅」、同市げんきの郷では「麩まんじゅう」、島根県浜田市「かしわ餅、麦まき(いずれもサルトリイバラの葉を使用)」、広島県は「しばもち」、岐阜県御嵩町は「がんどしぼち」、茨城県は「ばらっぱもち」など、実に楽しそうにお店でのやりとりや、どこの「がらたて」がおいしいかという穴場情報などを話された。

 調査の結果、意外なこともわかってきた。湖北地方のある店の「がらたて」は人気が高くよく売れているが、その製造元は岐阜県にあり、滋賀県の湖北地方向けにのみ大量に作られている。岐阜では「がらたて」は売れないという。
 また、販売用に使われるサルトリイバラの葉は、ほぼすべてが中国からの輸入品で「サンキラ葉」という名前などで店に卸されている。広島や山口、愛媛のスーパーでは、サンキラ葉だけが売られていることもあるという。こんなところにも「葉っぱビジネス」があり、国際化しているのだ。甘い「がらたて」の話がほろ苦くなった。  (文責:堀部 栄次)
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by hikonekeikan | 2012-10-17 08:27 | 談話室「それぞれの彦根物語」

城下町で、古民家で、はじめる開業支援戦略

篠山からはじめる・篠山ではじめる

                谷垣 友里 ROOT代表
                      20120902 @ひこね街の駅寺子屋力石

注目される篠山
 兵庫県篠山市、神戸・京都・大阪から電車や自動車で70分で行ける人口4万人の小さな町だ。丹波黒豆の産地として、また盆地に発生する雲海で有名な町だが、今、20~30代の女性をターゲットにした雑誌に頻繁に登場している。京阪神からすぐに行ける「ちょこっと旅」の人気スポットとして、「新店続々の篠山」、「篠山・ごちそう&器」、「新店めぐりと里山ごはん・篠山」、「新しくできたカフェ・ギャラリーへ」などと新しい店舗が紹介される。
 なぜ、地方都市の、しかも店舗がこれほど注目されるのだろうか。


城下町の活性化をめざして
d0087325_743842.jpg 篠山市の中心部には、篠山城址の西から南を経て東にL字型に伸びる国指定重要伝統的建造物群保存地区がある。一つは御徒町武家屋敷群、もう一つは河原町妻入商家群で、ともに平成16年に指定され、平成19年に「美しい日本の歴史風土100選」にも選ばれた地域だ。しかし、年間250万人にもなる観光客は、2~3時間の滞在で、お城の北の二階町付近で丹波黒豆などのお土産を買うとバスに乗って次の観光地に向かうのが常だった。

 一方、河原町妻入商家群のある河原町商店会は、かつて地元客でにぎわったが、幹線道路沿いの大型店に買い物客を奪われ、活力は大きく低下していた。篠山市商工会は空き店舗対策事業に力を入れたが、平成17年から22年の5年間だけで中心市街地の店舗数は約350軒から約300軒に減少した。登録された空き店舗数は、平成22年で13店舗だが、実際にはさらに多くの空き店舗、空き家が存在し、やがては解体され、美しい町なみの崩壊につながると危惧されていた。
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 篠山の資産である城下町の古民家(町屋、武家屋敷など)を再生・活用し、特色のある店舗を展開して、観光客を回遊させ、地域の活性化を図れないだろうか。だれもが考える対策だが、実現はむずかしかった。

d0087325_79176.jpg 谷垣 友里さんは、平成21年に結成された空き家活用プロジェクトチームの地域調整役として、この難問に挑戦した。 そして、ササヤマルシェというイベントに出店した15者の開業希望者のうち、平成22年度中に3者が本格開業し、平成23年にはさらに2者が開業、24年にも2者が開業するという結果につながった。新規開業は、市中心部以外にもひろがり、5km離れた日置地区でも江戸時代の庄屋屋敷を改装した複合店舗が開業したという。

 平成24年9月2日、谷垣さんは、城下町である滋賀県彦根市の花しょうぶ通り商店街に招かれ、「ひこね街の駅・寺子屋力石」で「篠山からはじめる、篠山ではじめる」というテーマで発表を行った。そこから、城下町における新規開業支援の成功要因を探ってみよう。


城下町ではじめる、古民家ではじめる
d0087325_7112664.jpg 城下町で開業することは、他の場所で開業することと、どう違うのだろうか。
 篠山の場合、そのメリットは、住民やNPOの力によって守られ再生されてきた重要伝統的建造物群保存地区の美しい町なみが観光客を惹きつける点にある。デメリットは、商店街としての活力が低下し空き屋が目立つ人気のない町では来店者を確保できない点、閉鎖的な人間関係の影響でよそ者が革新的な店舗展開をする際には、既存店や地域との合意形成をしながら進めて行くために時間がかかる点があげられる。

 次に、古民家で開業することのメリットとしては、レトロな雰囲気や、歴史を感じる落ちつける空間を活用して、手作りの良さ、本物の良さ、ナチュラルさをアピールできる点がある。デメリットとしては、古民家の所有者が近隣との人間関係を配慮して売却や賃貸を避ける傾向にあり、物件があるにもかかわらず流動化しないこと、長年放置されてきたため、改修に人手と時間と費用がかかりすぎることなどがあげられる。また近隣との人間関係が濃密なため、自分の店だけでなく、近隣との調和や連携が求められることが特徴として挙げられる。

 これをみると、新規開業者は、顧客獲得などのビジネス上の課題や古民家の改修費の負担だけでなく、古民家の掘り起しや、所有者および地域の人々との十分な話し合いによる理解と問題解決など、多くの労力と時間を要とする課題に直面する。人員も資金も限られている新規開業者にとっては極めてハードルが高い。地元に理解者がいて、戦略的かつ継続的な支援をしてくれなければ、とうてい開業できそうにない。


みんなではじめる
d0087325_7385075.jpg 篠山では、平成21年、空き家活用プロジェクトチームが発足した。構成員は、篠山商工会空き店舗対策係、篠山市政策部帰ろう住もう係(移住定住促進)、篠山市の歴史文化施設の運営管理や農村集落の再生などのまちづくりを行っている一般社団法人(ノオト)、開業実績のある合同会社、古民家再生を手がける建築家の5者である。これらの機関や団体は、それぞれに「空き家対策」「開業者誘致」「まちづくり支援」「古民家再生」を行っていたが、プロジェクトチームで情報を共有するとともに役割分担することによって、より効果的に動けるようになった。

 たとえば、同じ古民家の空き家に対して、町なみ保存と開業者誘致の関係者が別々にアプローチしたため、所有者が混乱し、以後コンタクトできない事態に陥ったことがあった。そこで、プロジェクトチームでは、ファーストコンタクト者が担当者になるというルールを決めた。関係者で個人情報を共有することは困難なので、担当者が窓口となり、常に窓口を通してコンタクトする方式とした。

 そして、一般社団法人ノオトには、魅力ある商店主の選定を担当する商店主誘致マネージャーと新規開業者を迎える地元の商店会、自治会などとの連絡調整を図る地域調整マネージャーがおかれた。この地域調整マネージャーが谷垣さんだった。

 チームは、最初に、基本となる「地域力」(町の歴史、地域資源)の把握を行い、めざす活性化の方向性を確認した。次に、商店会の調査や退会届から空き家のデータを把握し、物件の状況を確認した。
 そして、開業希望者の発掘、募集、誘致に取り組んだ。希望者は、まず商工会などに相談に行くことが多く、商工会が中心になってリストを作成した。その中から、商店主誘致マネージャーが中心となって出店してほしい開業希望者を選び、お試し出店の機会としてササヤマルシェというイベントを10月に開催した。
 ササヤマルシェで手ごたえをつかんだ希望者には、ノオトと建築家等が一緒に空き家の改修を実施するとともに、地域調整マネージャーが、所有者と開業者のマッチングや地域住民、既存商店主、自治会などへの説明を行い、合意を形成していった。

 谷垣さんは、都市計画や建築の専門家ではない。教育学を学び、ワークショップのファシリテーターとしての経験を積んだ。彼女は、県外から篠山の魅力にひかれ、廃校となった小学校を活用した篠山チルドレンズミュージアムの学芸員(教育普及担当:ワークショップファシリテーター)に就職し(現在は休館中)、社内異動により篠山市が出資する一般社団法人ノオトで働くことになる。そこで、彼女の行動力とファシリテーターとしての力、一人ひとりの考えを活かし、むすびつけ、行動へと促す力が発揮された。


「暮らしの町」であることを第1に
d0087325_8161711.jpg 一般に、開業支援は、開業希望者の意向を最も重視し、既存店主、自治会、近隣の人の順で調整を行う。しかし、谷垣さん達は、城下町で一番重視すべきはそこに暮らしている人であって開業希望者ではないと考えた。

 城下町の商店街では通年で様々な地域活性化イベントが開催される。そのたびに、歩行者天国にしたらどうか、という意見が出る。しかし、歩行者天国は、観光客には有利だが、自動車を使う地元客や住民には不便になり、地元生活の店と観光客相手の各店の意見が分かれ、結論がでないまま実施不能になっていた。こうした状況では、新しい集客をめざして特色のある店舗展開をする開業者は、地域にとって活力源となるよりも混乱をもたらす厄介者ととらえられがちである。

 生活の町でありながら、観光客も受け入れていくことの難しさを見た彼女達は、「暮らしている人」を第1に、住民自身が未来を自らの力で描けるように支援することを優先した。

 そして、地域に推薦できる開業希望者を選択する方法をとった。
 すなわち、開業希望者には、町なみ保存に取り組む住民や商店街の意向を理解して協力できる(外観などの調和に配慮できる)人を求めた。また、店舗イメージの視点からは、本物を創っている、またはセレクトしている店主で自分の言葉でそれを伝えられる人を、さらに新たな顧客創造の視点からは、本物志向の20~30代女性を惹きつける魅力のある人を望ましい開業者として選ぶことにした。


エリアマネジメント
 篠山の開業者支援活動のもう一つの特徴が、「エリアマネジメント」だ。プロジェクトチームは、観光客が大型バスでやってきて、お城付近でお土産を買って帰る通過型観光の現状に対して、篠山の美しい町なみを積極的にPRし、「町あるき」へと誘導することをめざした。そのためには、町なみの中に素敵なお店を点在させて、ガイドブックとマップで「町あるき」に誘うしかない。

 慎重な観察の結果、パイオニアである20~30代の女性達は、「Richer」「SAVVY」などの雑誌で紹介されるその土地ならではの個性的な店を訪れ、おいしいもの、話題性のあるもの、同世代の共感できる店主との会話に惹かれていることがわかった。

 そこで、チームは、空き家をマッピングし、町歩きには、この場所にこのような店舗が望ましいという理想図を作成した。そして、エリアの特色にふさわしい、地元の人々に受け入れられる商店主に開業を奨め、開業後は、ターゲットとする若い女性に伝わるように雑誌やテレビ番組などに積極的なプロモーション活動を行った。
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イベントではじめる
 開業者の視点でみると、城下町の人通りの少ない場所での開店は極めてリスクが高い。最大の問題は、顧客が来ない点だ。開業者は、当然だが認知度が低く、顧客が来なければ本当のニーズもつかめない。また、実際に古民家での店づくりがうまくいくかどうかも大きな問題である。

 そこで、谷垣さんたちは、お試し出店の機会を作った。ものづくり市「ササヤマルシェ」である。マルシェの開催場所は、重要伝統的建造物群保存地区の「河原町妻入商家群」で、住民が実際に暮らす町屋の土間や一間を借りて、1日単位で最長1ヶ月までお試し出店ができるようにした。そして、イベントの広報、プロモーションを大規模に行い、京阪神からの集客を図った。
 会場では、来場者にマルシェマップを配布し、手作り感あふれる斬新なストリート・ディスプレイで誘導、町あるきとお店めぐりを楽しめる工夫を凝らした。マルシェは10月の毎週末に開催し、お試し出店は14組で、7日間で8,700人の来場となった。この背景には、河原町商店会、上河原町自治会、下河原町自治会の全面的な協力があった。

 マルシェによって、人通りのない静かな古民家の町が、歴史を感じさせる町なみの中に、クリエイティブなショップが点在する「おもしろい町」へと変化しはじめた。こうした視点転換によって、新しい未来、新しい価値を人々に見せ、次の時代への起爆剤となることこそイベントの使命である。
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篠山で開業する
 ササヤマルシェで手応えをつかんだ開業希望者は、11月に2組、さらに2月にかけて1組が本格的に開店した。木の手作りおもちゃ、沖縄雑貨のお店「ナチュラルバックヤード」、武家屋敷エリアで開業した高級中国茶と飲茶の店「岩茶房 丹波ことり」、20~30代をターゲットにしたデザイン性の高い雑貨と若者が集える店「プラグストア」だ。

d0087325_8134872.jpg なかでも、「岩茶房 丹波ことり」の武家屋敷エリアでの開業は、それまで1軒も店舗がなかった地域での開業であり、エリアマネジメントの点からも画期的であった。
地元住民からは、店ができると観光客が来て家の中をのぞかれるので困る、他人は入れないなどの意見があったが、最終的に店主が篠山生まれ篠山育ちで、地域の住民達も店主の人柄を小さな頃からよく知っていたことが信頼となり、開店につながった。d0087325_7542451.jpg

 どの開業者も、篠山に強く惹かれ、篠山でより高い質の商品やサービス、店舗の開発をめざしている。  
特徴的なのは、店舗が連携して、他の店のショップカードを置き、お客を次の店につないでいく仕組みができていることで、これはエリアマネジメントの考え方がよく理解されている証拠でもある。


空き家を「個人」資産から「地域」資産へ
d0087325_823918.jpg 古民家の賃貸は、物件があるにもかかわらず貸したがる家主が少ないうえに、改修に多くの手間と時間と費用がかかり、特に改修費の見通しがつきにくいという問題がある。
 このため、篠山では、一般社団法人ノオトが窓口になって古民家の賃貸物件を掘り起し、家主と話し合い、家主負担なしで改修して新しい商店主にサブリースする方式を採用している。これは、空き家を「個人」資産から「地域の共有」資産として活用するという考え方で、公的資金で改修することから、家主とは10年間の賃貸借契約をほぼ無償で結び、10年後の満期時に家主に返還する。

 こうした事業スキームが成り立つには、まず改修費を極力抑える必要がある。ノオトとともに活動しているNPO法人町なみ家なみ研究所では、プロの職人の指導を受けながらボランティアの手によって最低限の改修することで改修費用を抑えるノウハウを持っている。
 またノオトは国・県・市の補助金1/3〜2/3のほかは改修費用を自社調達してまかない、自社調達分をサブリースした商店主からの10年間の家賃で回収する事業スキームを採用している。なお、設備の導入は商店主の負担だ。


城下町、古民家を、弱みから強みに変える
d0087325_851064.jpg 谷垣さん達が優れていたのは、「町なみ保存」、「空き家活用」、「開業者誘致」、「古民家再生」を総合的に把握し、個別の方法論にとらわれずに「まちづくり全体の方向性」のもとで組み合わせた点だ。これは、ファシリテーションで強調される「鳥の目の視点」である。それを関係者が共有したことで、それぞれの活動がかみ合い、短期間での古民家再生、空き店舗開業、観光振興の実現につながったとみられる。

 新規顧客のターゲットを、パイオニアである20~30代女性としている店舗や地域は多い。篠山が、同じポジションで競争しても、京阪神の都市と比べると不利である。そこでポジションを、城下町、古民家の強みを生かせる軸に変えることによって、差別化を図った。古い埋もれた町でこそ、新しい感性との結合によって創造が生れる。濃密な人間関係は、うるさい反面とても温かい。古くて面倒くさい生活は、伝統の知恵が詰まっている生活へと変化する。

 谷垣さん達が挑戦したのは、弱みを強みに変える視点転換と新結合だった。それが、商店主にも訪れる若い女性たちにも共感された。そして、より根本的な挑戦は、未来に向けた地域の人々の合意形成を支援することだった。   (文責:堀部 栄次)
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by hikonekeikan | 2012-10-04 23:14 | フォーラム

談話室「それぞれの彦根物語」2012.9.22

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by hikonekeikan | 2012-10-01 14:42 | 談話室「それぞれの彦根物語」