NPO法人 彦根景観フォーラム

1月の彦根景観フォーラム行事

あけまして、おめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。


さて、新年1月の彦根景観フォーラムの行事をご案内します。是非ご参加ください。

◎2013年1月5日(土)9:00~12:00
 多賀「里の駅」野菜市&集い
  9:00~12:00 野菜市 地元農家の採りたて野菜の販売
  9:00~10:15 冬の野鳥の森 観察会
 10:30~12:00 集い51 (参加費 500円)
  テーマ:カロムと遊ぼう
      カロムはお正月に欠かせないボードゲームです。
      「カロムロード」の編著者であり、カロムボードの収集家、
      またカロム愛好歴50年の杉原さんが自ら、2013年最新カロム情報と
      テクニックを教えて下さいます。その後、みなでカロムをして遊びましょう。
  語り手:杉原正樹さん(カロムハンター、彦根景観フォーラム会員)
  試食会:焼き餅&ぜんざい
  会 場:多賀「里の駅」一圓屋敷

◎1月25日(金)19:00~21:00 
月例会議
 場 所:ひこね街の駅「戦國丸」

◎1月27日(日)10:00~12:00
 足軽辻番所サロン「芹橋生活」
 テーマ:みんなで考えよう!安心して暮らせる歴史あるまち芹橋
     ~まちづくりマップ調査報告と意見交換~
 10:00~10:30 まちづくりマップ調査報告
             彦根景観フォーラム理事 笠原啓史さん
 10:30~11:00 事例紹介「安心して暮らすために必要な視点」
            住みよいまち&絆研究所代表 奥野修さん
 11:00~12:00 意見交換・ワークショップ
                  コーディネータ:奥野修さん
 会 場:善利組足軽屋敷「太田邸」(資料代・暖房代:200円)

◎寺子屋力石「それぞれの彦根物語」は、お休みです。
2月16日(土)10:30からの「それぞれの彦根物語98」は、
「佐和山城とよばれた彦根城」
中井 均 さん(滋賀県立大学 人間文化学部 地域文化学科准教授)
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# by hikonekeikan | 2013-01-04 23:49 | お知らせ&NEWS

彦根景観フォーラム12月行事

彦根景観フォーラムと関係する団体の12月行事をご案内いたします。
是非、ご参加ください。


●12月8日(土)16:30~17:30 

 3つのひこね街の駅が揃って、「灯り」をテーマにインスタレーションをします。

d0087325_23543269.jpg第1ひこね街の駅「寺子屋」:
 「灯(ともしび)・星をあつめ展」

第2ひこね街の駅「戦国丸」:http://machinoeki.info/
ファサード・ライティング。
お買い物された方に2013年版特製義の三将カレンダー進呈

第3ひこね街の駅「逓信舎」: http://teishinsha.com/index.html

1階カフェ:11月にオープンしたカフェで、「ほたて灯り」を中心にキャンドルナイト。

紅茶「デラックスディンプラ」が、深い香りと味わいで、おすすめ。


2階テイシン・ギャラリー:細馬宏通滋賀県立大学教授のコレクション「彦根の古絵葉書展」開催中。

16時30分から逓信舎窓ガラスに花火を映写。通りから冬の花火をお楽しみください。

花しょうぶ通り商店街では、今年最後の「100円で買える幸せ・ナイトバザール」を開催します。
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●12月14日(金)19:00-21:00
  彦根景観フォーラム 定例会
  場所:第二ひこね街の駅「戦國丸」
  まちづくりに関心のある方など、どなたでも参加できます。

●12月15日(土)10:30~12:00
 それぞれの彦根物語97
 喫茶邂逅クリスマスコンサートとはじめての音楽


 語り手:稲山 訓央さん(滋賀大学経済学部特任准教授)
 場 所:ひこね街の駅「寺子屋力石」
 年に一度、彦根市洋区所の近くにある喫茶邂逅にて、クリスマスコンサートを行っています。一昨年のコンサートは、NHKの取材が入り、その模様は全国に、またBS日本を通じて全世界に流れました。その番組のテーマは「はじめての音楽」。なぜ、初めてだったのか、そんなお話をいたします。


●12月16日(日)10:30~16:00

 午前の部 足軽辻番所サロン「芹橋生活」35
  善利組足軽屋敷を学ぶ
  語り手:濱崎一志さん(滋賀県立大学教授・彦根景観フォーラム副理事長)
  場 所:芹橋に丁目 善利組足軽屋敷「太田邸」
   江戸期からのまち割が残る芹橋。そこに残る足軽屋敷について学び、午後からの「まちづくりマップ」調査に役立てます。

午後の部 みんなで、まちづくりマップをつくろう(2)
11月に行った防災調査に引き続き、歴史的な建物の外観調査を行います。どなたでも参加できます。あなたもマップ作りに参加してみませんか。
13:00-13:30 オリエンテーション
13:30-15:00 現地調査
15:00-16:00 調査結果集約・評価と意見交換
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# by hikonekeikan | 2012-12-05 23:45 | お知らせ&NEWS

鍾馗さんを探しにまちへ出よう 

鍾馗さんだけじゃない、屋根の上は「宝の山」

それぞれの彦根物語96 
   鍾馗さんを探しにまちへ出よう 

        鈴木達也  まち遺産ネットひこね、彦根景観フォーラム会員

                       2012/11/17  @ひこね街の駅・寺子屋力石

いま、屋根の上がおもしろい!
 ときおり降っては止む秋雨の中、「それぞれの彦根物語」の会場である寺子屋力石は、現在の店主のセンスが加わり、日々、美しさを増しているようだ。2年前の正月に火災にあい、その後、多くのボランティアの協力と市民の寄付で応急再興された建物とは、正面から見る限り、思えない。
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d0087325_23371390.jpg 今回は、「まち遺産ネットひこね」の鈴木達也さんが、初公開の「ひこね鍾馗さんマップ」とマップを使ったまち歩きイベント「鍾馗さんを探しにまちへ出よう」を紹介された。

 鍾馗さんは、「それぞれの彦根物語91」で、「鍾馗さんにはかなわぬ、波兎(なみうさぎ)」と引き合いに出されるほど人気が高い。鈴木さんによれば、彦根市内には70体ほどの鍾馗さんが確認できるが、マップには中心市街地の歩ける範囲にある15体をのせている。まち歩きイベントは、11月24日(土)14時に宗安寺前から出発する。「鍾馗さんを探せ」の著者小沢正樹さんも来られ、解説されるという。

 実は、当日は参加できなかった。そこで、翌日、実際にマップを持ってまちを歩いてみた。すると、これは、鈴木さんの話以上に面白い。彦根の屋根の上には、鍾馗さんだけでなく想像もできなかった沢山の宝物が載っているのだ。あまりのおもしろさに、翌日も町を歩いた。こんな「宝の山」を見逃していたなんて・・。
 
まち遺産ネットひこね
 鈴木さん達が活動している「まち遺産ネットひこね」は、彦根市男女共同参画センター「ウィズ」の学習会で知り合った歴史好き5名で結成された。そして、全国の歴史遺産めぐりを楽しむうちに、彦根のまちなかに残る歴史遺産のすばらしさに気づく。
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 代表の尾田英昭さんは、「身近な暮らしの中にある歴史遺産である「まち遺産」を掘り起し、そのすばらしさを多くの人に知ってもらい、まち遺産の保存と活用を図りたい。」と、活動のねらいを語られた。
 その活動である「ぶらひこね」プロジェクトは、まちなかに隠れている歴史遺産を発見し広く紹介するマップづくりから始め、まち歩きイベントによって、多くの方に実際に現地を巡って楽しんでもらおうというもので、2012年の湖東地域定住自立圏「地域創造事業」に採択されている。
 
鍾馗さんとは何か?
 鍾馗さんは、中国生まれの道教の神様である。唐の時代に実在した人物といわれ、科挙試験に不合格になり自殺してしまうが、高祖皇帝に手厚く葬られた。後に、病に伏す玄宗皇帝の夢枕に鍾馗が現れ、玄宗を悩ませていた鬼を退治した。病から回復した玄宗皇帝は、夢に出てきた鍾馗の姿を絵に描かせ、祀ったという。
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 このような伝説から、鍾馗の姿が魔除けとして信仰を集めるようになり、日本では、文化文政年間に、京都のある女性が病気になった時に、向かいの家の恐ろしい鬼瓦のせいだということになり、鍾馗さんの置物を屋根に載せたところ病気が治ったという話が伝わる。
 年代確認ができる最古の瓦製の鍾馗さんは、文政11年(1828年)で、近江八幡市のかわらミュージアムに保存されている。

ひこね鍾馗さんマップ
d0087325_23532132.jpg 鈴木さんは、「ひこね鍾馗さんマップ」を手に、中心市街地の鍾馗さんを紹介した。
 花しょうぶ通りの「とばや旅館」の玄関屋根から通りをにらむ鍾馗さん。登り町グリーン通り商店街の結納屋・中村松寿堂には、奥の民家の門、主屋の屋根の両端、蔵、離れと5つの異なる鍾馗さんがある。長松院前の民家には、不思議な造形の鍾馗さんがあり、長松院の北側には、昭和初期にご主人を病気から救った鍾馗さんが長松院をにらんでいる。宗安寺の周辺にも寺をにらむ3体があり、その一つである奥野医院では20年前に鍾馗さんが屋根に置かれたという。その近所には、明性寺をにらむ鍾馗さんが2体ある。

 一方、中心市街地以外では、市南部の蓮台寺町蓮台寺前、日夏町正福寺前、石寺町名願寺前、本庄町光明寺周辺などの民家の屋根で見つかっている。
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彦根は鍾馗さん分布の北限?
 屋根の上の鍾馗さんは、京都を中心に、滋賀、奈良、大阪、三重、愛知に分布するのみで、関東や四国、九州ではわずかしかない。滋賀では、湖東・湖南に広く分布し、湖北・湖西ではほとんど見られない。彦根以北では、米原市にわずかにあるが、長浜市の市街地では、一体も確認されていない。彦根は、鍾馗さん分布の北限といっていいようだ。

d0087325_055444.jpg 彦根の鍾馗さんは、お寺の近くにある。お寺の屋根の立派な鬼瓦は魔除けの役割を果たしているが、鬼瓦によって除けられた魔が近くの民家にふりかかってしまう。これをはねかえすために、お寺の近くの民家に鍾馗さんが置かれているのだ。
 設置場所は、市街地では屋根のてっぺんが多く、造形は型から起こした量産型が主である。これに対して、集落部では、お寺の周辺のみにあり、設置場所は屋根のてっぺんに限らず、お寺に向けるのに最適の位置が選ばれている。さらに、造形は個性的で一品生産のものが多い。

 これを京都の鍾馗さんと比較してみると、京都では、お寺とは関係なく、たくさんの町屋に置かれており、その数は3000体ぐらいといわれる。1階部分のひさしの屋根に置かれ、寺ではなく通りに向いている。造形は、量産型が多い。

 鈴木さん達の調査では、滋賀県の大津の市街地も京都と同じである。ところが、奈良県の奈良町は彦根と同じで、屋根のてっぺんに置かれ、お寺の方向を向いているものが多い。さらに、通りがT字形に交差する突き当りには、魔が溜まりやすいといい、「突き当り鍾馗さん」が設置されている。

鍾馗さんの謎
 ところで、鍾馗さんはいつごろ、誰によって作られたのであろうか。
 鈴木さん達の聞き取りによると、現存する彦根の鍾馗さんは、ほとんどが明治から昭和にかけてのものだ。同じ型から作ったと思われるものと、瓦職人手作りのものがあるが、松原の瓦屋、大垣の瓦屋、敏満寺などで作っていたという。

 なぜ、足軽屋敷地にはないのかという質問があった。これは、武家や町人という江戸時代の身分に由来するのではなく、そもそも武家地にお寺がないことが原因らしい。さらに、分布が近畿や東海の一部に限られているのはなぜか、なぜ、彦根以北にはないのかという疑問が出されたが、これは謎のままだ。
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鍾馗さんを使ったまち歩きの可能性
 鍾馗さん探しのおもしろさは、宝探しのおもしろさだ。屋根の上で小さくて見つけにくいだけに、見つけられると楽しい。普段は歩かない路地を歩くため、まちの奥深さが見えてくる。さらに、感性が研ぎ澄まされ、普段は気づかない町屋の細部にも気づく。たとえば、船町の古い舟倉の屋根にのる大黒様、長曽根の教善寺前の民家の鬼瓦に描かれている宝船にも気づくようになるという。

 このようなおもしろさを観光とまちづくりの両方に生かそうとした先進例がある。「長崎さるく」、「大阪あそ歩」がそれで、40から150のコースを開発し、市民ガイドが500円から1000円の協力金をいただき、奥深いまちの魅力を案内する。鈴木さん達は、「大阪あそ歩」に参加してみたが、観光客より地元の人の方が多かった。地元の人が、それまで気づかなかったまちの魅力を初めて知ったという声が多く聞かれたという。

 鈴木さん達も、まち歩き観光をめざしている。そのメリットとして、既存のまち遺産を再発見し活用できること、彦根城・ひこにゃん依存の観光からの脱却が図れること、多様なコース設定により何度でもひこねを訪れて楽しめることをあげられた。

彦根城外堀マップも
d0087325_059336.jpg 「ぶらひこね」プロジェクトでは、「ひこね鍾馗さんマップ」につぐ第2弾「彦根城外堀マップ」が予定されている。12月20日に彦根市民プラザで開催される歴史手習塾「彦根城の外堀今昔」で、初めての公開となる。いまは完全に埋められている彦根城外堀、鈴木さん達はどんなまち遺産を見つけたのか楽しみだ。

 まち遺産のすばらしさに気づき、その楽しみを伝えたい、残したいと思い、具体的なプロジェクトにまとめ上げて、資金を獲得し、仲間を募って、活動する。そのことによって地域のさまざまな課題を解決していこうとする。市民活動やNPOの理想的な姿をみたようで、すがすがしい気分になった。彦根景観フォーラムも協力できればと思う。


屋根の上は「宝の山」
 では、私が見つけた屋根の上の宝物の一部を紹介しよう。初めは、鍾馗さんだ。これは、小さな希少種で「ひこね鍾馗さんマップ」の助けがないと到底発見できない。宗安寺の鬼瓦と鍾馗さんがにらみ合っている姿には、なんともいえないユーモアを感じる。鬼瓦にはね返され、鍾馗さんに睨み返された魔はどこへ行くのだろう?
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 次は、鬼瓦だ。長曽根町の三連倉で、彦根物語91以来探していた波兎をついに発見。その隣の倉の屋根には巨大魚が。
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 しかも、裏に回ってみると屋根の両端でデザインが違う波兎と巨大魚が見つかったのだ。
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 鈴木さんの紹介された船町にある古い船蔵倉庫の屋根の恵比寿さんと大黒さん。
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 その隣の家の屋根にも宝物が。タイをもっているので恵比須さんだろう。屋根の反対側のこれは何か? 頭巾からみて寿老人かもしれない。すごい迫力だ!
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 同じような古い船蔵倉庫が松原町にある。行ってみると、なんと恵比寿さんと大黒さんが載っているではないか。しかも、表情が違う。
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 魚屋町の商家の屋根にも恵比寿さんと大黒さんが載っているのを発見。これらは、商家や倉庫の屋根につけられ、商売繁盛を願ったもので、屋根の上の産業遺産と言える。
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 そういう意味では、これも屋根の上の産業遺産かも?
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 もうひとつ、家族遺産というべき鬼瓦もある。
 井桁は井伊家の家系か? 扇の家紋もある。 再生された尾末町の池田家長屋門の2枚矢羽の家紋。

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 次は、長の字のつく屋号?。これはどう読むのかわからないが、ユニーク。最後はSR。これは我が家の祖父が大正時代にカナダから帰国して家を建てた際に作ったもの。SRは名前のイニシャルである。

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シティ・ウォーカーの心得
 屋根の上は、あまりにもおもしろい。たちまちハマる。
 しかし、上ばかりに目が行って、前や足元を見なくなるので、自動車や自転車、側溝には注意が必要だ。できれば、2人以上で歩くことを勧める。
 さらに、もう一つ注意しなければならないことがある。屋根の上の宝物を探す貴方は、他人からみれば不審者に見える。特に家の所有者にとってはただ事ではない。家の人がおられたら声かけしよう。わかってもらえる場合もある・・。 (堀部栄次)
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# by hikonekeikan | 2012-11-29 22:45 | 談話室「それぞれの彦根物語」

談話室「それぞれの彦根物語」2012.10.20

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# by hikonekeikan | 2012-11-01 14:35 | 談話室「それぞれの彦根物語」

11月3日 逓信舎 カフェ&ギャラリー オープン

逓信舎 カフェ&ギャラリー
      11月3日(土) オープン


 彦根市の花しょうぶ通り商店街にある逓信舎(ていしんしゃ)は、元郵便局舎として使われていた建物で、2011年に登録有形文化財に認定されました。

 滋賀県立大学の柴田いづみ研究室により昨年から順次修復と改装が行われてきましたが、11月3日、1階のコミュニティ・カフェと2階のギャラリーがオープンします。ギャラリーでは、真庭さんのコレクション「狼少年の映画ポスター展」が開催されます。

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 逓信舎は、インターネットラジオ局を併設し、スタジオから毎週日曜日午後2時から4時に、次の番組を放送しています。みなさん聴いて下さいね。

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▼『DADAラジオ』(毎月第1・3日曜日、14:00~15:00)
 DADAジャーナル編集人の杉原正樹さんと読者の江竜美子さんが、彦根の近代化遺産とその思い出を話します。

▼『CLOVER RADIO』(毎月第1・3日曜日、15:00~16:00)
 オススメする洋楽シリーズをメインに、CLOVERことクロが担当♪まったりゆったりと、日曜午後に素敵な番組をお送りします☆

▼『逓信まちナビ!』(毎月第2日曜日、14:00~15:00)
 大西雄大(聖泉大学3回生)と、世森浩幸(聖泉大学3回生)がパーソナリティ。人・街・歴史をキーワードに、毎回素敵なゲストを迎えるトーク&ミュージック、生放送でお送りしている番組です!!

▼『ROCK BOTTOM』(毎月第2・4日曜日、15:00~16:00)
 日曜の昼下がりには相応しくない音楽をかける音楽番組アナログキッドが、超ホットなライヴ・レポートを中心に、異例のアイドルソングも交えながら1時間お届けします!

▼『歴箱-REKIBAKO-』(毎月第4日曜日、14:00~15:00)
 歴史を愛する面々がくりなす、真面目ゆるいヒストリートーク。遠い昔へいざないます。

http://www.fm-gig.net/radio.htmlで配信中。
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# by hikonekeikan | 2012-10-23 23:21 | お知らせ&NEWS

彦根景観フォーラム行事案内

彦根景観フォーラムの行事をご案内いたします。是非、ご参加ください。

なお、まちづくり情報誌「きらっと彦根」vol.30を近日発行します。お楽しみに。


◎10月19日(金)14:30~16:30 
滋賀大マルシェ2012「環境こだわり農産物 秋の収穫祭」
  ~農家からあなたに届ける最高の贈り物~

 場 所:滋賀大学 彦根キャンパス 生協前広場

◎10月19日(金)19:00~21:00 
 月例会議 
場 所:ひこね街の駅「戦國丸」

◎10月20日(土)10:30~12:00 
ひこね街の駅「寺子屋力石」談話室 それぞれの彦根物語95
 テーマ:寺子屋力石のルーツをさぐる
 語り手:力石 寛治さん(寺子屋力石 持主)
 場 所:ひこね街の駅「寺子屋力石」
 伊予の国(愛媛)からわけあって、江戸へ浪人としていく。そこで、井伊家の家臣 三浦と懇親の仲になり、息子3人をお願いする、自分は江戸に残る・・・・・その3人の息子が彦根に定着し、(寛永9年、1632年)力石家がはじまり・・・・・
寺子屋力石の初代は、正徳5年(1715年)生まれ、家臣となるが病弱のため、この地に隠居した。元文2年(1737年)頃、結婚と同時か? これより約275年・・・・・あるときは9人家族、そして最後はひとり、現在は住人はゼロで、利用者〇〇人となる。

◎10月21日(日)10:30~12:00
 足軽辻番所サロン「芹橋生活」33
 テーマ:独座観念
 語り手:小田 輝子さん(地元住人、彦根辻番所の会、彦根景観フォーラム会員)
 場 所:善利組足軽屋敷「太田邸」
井伊直弼がかいた書に「茶の湯一会集」があります。その中の一部「独座観念」を解説し、「一期一会」「余情残心」など、直弼の生き方を幅広く見つめましょう。

◎11月3日(土)
 多賀「里の駅」野菜市&集い
  9:00~12:00 野菜市 地元農家の採りたて野菜の販売
  9:00~10:15 野鳥の森 植物観察会
 10:30~12:00 集い49 (参加料 500円)
  テーマ:昭和のくらし
  語り手:火口 悠治さん(元小学校校長)
  試食会:秋の実りを味わう炊き込みご飯
 場 所:多賀「里の駅」一圓屋敷

◎11月17日(土)10:30〜12:00  
 ひこね街の駅「寺子屋力石」談話室 それぞれの彦根物語96
 テーマ:鍾馗(しょうき)さんを探しにまちへ出よう!
 語り手:鈴木 達也さん(まち遺産ネットひこね、彦根景観フォーラム会員)
 場 所:ひこね街の駅「寺子屋力石」
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# by hikonekeikan | 2012-10-18 00:05 | お知らせ&NEWS

「がらたて」から豊饒なる言葉の海へ

それぞれの彦根物語94

 「がらたて」考  

           金子 孝吉  滋賀大学教員、ひこね景観フォーラム監事

               2012年9月22日 @ひこね街の駅・寺子屋力石

「がらたて」の不思議
d0087325_18481027.jpg 「がらたて」と聞いて、それが何かわかる人は、滋賀県の彦根市と湖北地方にしかいない。それにしても、「がらたて」とは不思議な響きだ。なぜ「がらたて」というのか?いろいろな人に聞いたが誰にもわからない。
 ところが、同じものを彦根市に隣接する多賀町では「ぼんがら」という。わずか数キロ離れているだけで、なぜこんなに違うのか?「ぼんがら」とは何を意味するのか?

 滋賀大学教授で彦根景観フォーラムの監事でもある金子先生は、この言葉を初めて聞いた時「がらくた?」と思ったそうだ。普通の人は実物をみて、これが「がらたて」かと一応の納得をするのだが、金子先生はそれだけでは終わらなかった。詳しく調べていくうちに、たった一つの言葉から尋常ならざる豊かさと複雑さをもつ方言の大海へ導かれていった。


「がらたて」の正体
d0087325_18552112.jpg 「がらたて」とは、小豆あんを、米粉または小麦粉で作った皮で包み、サルトリイバラの丸い葉ではさんで、蒸してつくるお餅だ。金子先生は和菓子というが、地元の感覚ではお菓子というよりお餅だ。
 彦根や湖北地方では、主に初夏の季節に農家や民家で作られ、食べたり、贈り物にされていた。今では家庭で作ることはめったになく、和菓子屋で通年売られている。
 素朴でとても美味しいお餅で、彦根景観フォーラムと多賀クラブでは、多賀里の駅・一圓屋敷で「ぼんがらもち」づくりを企画したことがある。

 今回の彦根物語では、「がらたて」とは、サルトリイバラを指す方言であること、同じサルトリイバラを指す方言が尋常とは思えないほど多くあること、サルトリイバラの葉で包んだお餅や団子・まんじゅうは、西日本を中心に各地に見られるが、その地方ごとの呼び名もまた非常に豊かで複雑であることがわかった。
 さらに、東日本には、サルトリイバラではなく柏の葉で包む「かしわ餅」文化圏があることもわかった。西日本の人間の感覚では、「かしわ餅」はお菓子だが、「がらたて」はお餅だ。


サルトリイバラという植物
d0087325_18561493.jpg 「がらたて」という言葉の由来となったサルトリイバラとは、どのような植物だろう。
  「原色牧野植物大図鑑」によると、「ユリ科で、日本、台湾、朝鮮、中国に分布し、山野に生えて木質のつるでよじ登る低木。まばらにとげがある。葉は丈夫な革質で光沢がある。花は春から初夏に咲き、後に径7~9mmの果実を結ぶ。西日本では葉をモチを包む時に使い、根茎は薬用になる。和名猿捕りイバラは、トゲがあり猿がひっかかるところからいう。」とある。
 毎月第1土曜日朝9時からの多賀里の駅・野鳥の森植物観察会でもおなじみの植物だ。


サルトリイバラの方言の豊饒さ
 金子先生の頭の片隅には、「がらたて」が居座っていた。あるとき、大学図書館で別の本を探していた先生は、本棚の片隅にある本の列に呼ばれたという。それが、『日本植物方言集成』(八坂書房編 2001年)だ。ここには、日本の全国各地にみられる植物の多様な方言が記録されていたが、サルトリイバラの項には「いが 山口(美祢)大分」から始まり「わんごろめ 三重(志摩)」まで340種類が記録されている。そのなかには、「がらたて 滋賀」、「ぼんがら 滋賀(彦根)」とあるが、いまひとつ実態と合わない。

 そこで、白井翔平監修『全国方言集覧』【動植物標準和名→方言名検索大辞典】(太平洋資源開発研究所編)にもあたった。ここにも、各県別に膨大な数の方言が記載されていたが、「がらたて」は、彦根市、犬上郡、伊吹町、「ぼんがら」は彦根市、犬上郡、愛知郡とされ、さらに彦根市や坂田郡、高島郡などの県内では、ガラタチともカラタチイバラとも呼ばれていることもわかった。

 ここから、金子先生は、サルトリイバラの方言の数々の由来を推測するのだが、その迷宮にはとてもついていけない。一つだけ紹介すると、サンキライとは、山帰来に由来し、中国にある漢方薬の山帰来と混同したもの、サルトリイバラは根に薬効があるとされる。また、猿嫌い(とげがあることから猿が嫌う)に由来するかもしれないという。


決定的な発見・「がらたて」の語源
 「がらたて」がサルトリイバラの方言に由来するらしいと知った金子先生は、今度は、日本の文学作品の中を探した。

 伊勢物語六十三段「つくも髪」に、在原業平という超モテ男に恋した白髪の老女が、業平の家をのぞき見て勘違いされ、あわてて「うばら、からたち」に引っかかるのもかまわず家に帰り、業平の来るのを待ったとある。また、枕草子一四七では、名前がおそろしいものとして「むばら。からたち。」とある。建礼門院右京大夫集一四八には、「むばらからたち」に引っかかって藪の中に逃げ込んで、逃げのびたという記述がある。謡曲「忠信」には、源義経を追って、「いばらからたち分けつ潜りつ、」京にたどりつくとある。 

d0087325_18584058.jpg そして、「彦根古絵図」(滋賀大学経済学部付属資料館蔵)に、「彦根の地、往古はイバラガラタチ相ましはり、山も陸も沼も一面にして」という決定的な書き込みがあることを、金子先生は発見する。
 今度も、先生は古絵図に呼ばれた気がするという。

 ところで、「むばら、からたち」と2つの言葉が一緒に出てくるが、「むばら」は「いばら」の古語で、「からたち」は、現在の「からたち」(ミカン科カラタチ属)を含むがそれよりも広い概念で、ノイバラやサルトリイバラを指していたと考えられるという。

 江戸時代の文献では、平賀源内「物類品しつ」宝暦13年(1763年)で、サルトリウハラ 近江讃岐方言カラタチ、伊勢方言カンクチとあり、越谷吾山「物類称呼」安永4年(1775年)でも、サルトリウバラ サルトリノ花 近江讃岐にてカラタチというと記述されている。つまり、江戸中期には、近江・讃岐において「からたち」という呼び方があったということである。「がらたて」は、「からたち」が語源である確率が高まった。「からたち」が「がらたて」へ発音が変化し、お餅の名前になったことは、十分考えられる。
 なお、「ぼんがら」の語源については、盆の後の日(群馬県)、盆の終わりの日(栃木県)、盆の団子の残ったものなどの意味を、先生は推察されている。 


サルトリイバラとかしわ
 サルトリイバラの葉で包んだ餅は、西日本に圧倒的に多い。東日本ではカシワの葉で包む「かしわ餅」が多い。西日本ではカシワの葉がなかったのか?というとそうではない。金子先生の調査によると、食べ物を上に盛ったり、それを包む葉は、みな「炊ぐ葉・かしわ」と呼ばれたので、サルトリイバラが使われた餅も「かしわ餅」の一種だった。
 サルトリイバラを用いるのには、別の意味があった。それは、サルトリイバラの葉がもつ薬効性・防腐力、香りが人に霊的な力を信じさせたからだ。そして、端午の節句から田植え儀礼、お盆にかけて、健康増進・疲労回復を願ってたくさん作られ、贈り物にもされた。


サルトリイバラの葉で包んだ餅の方言
d0087325_19125550.jpg さて、このサルトリイバラの葉で包んだ餅(団子、まんじゅう)には、餅を包むときに1枚の葉で包む場合と、2枚ではさむ場合がある。餅の中身、形も多様である。同様に様々な呼び名がある。彦根では、「がらたて」、「小麦だんご」、湖北は「がらたて」だが、「からたちばっぱ」もある。多賀町は、「ぼんがら餅」だ。

 ここから、金子先生の驚くべき調査が再び始まる。文献で調べるだけでなく、全国各地の和菓子店に行って聞いている。例えば、三重県松阪市の笹屋は「いばらまんじゅう」、尾鷲市みのや製菓舗は「おさすり」、愛知県江南市大口屋は「あんぶさんきら」、大府市鶴屋吉祥は「いばら餅」、同市げんきの郷では「麩まんじゅう」、島根県浜田市「かしわ餅、麦まき(いずれもサルトリイバラの葉を使用)」、広島県は「しばもち」、岐阜県御嵩町は「がんどしぼち」、茨城県は「ばらっぱもち」など、実に楽しそうにお店でのやりとりや、どこの「がらたて」がおいしいかという穴場情報などを話された。

 調査の結果、意外なこともわかってきた。湖北地方のある店の「がらたて」は人気が高くよく売れているが、その製造元は岐阜県にあり、滋賀県の湖北地方向けにのみ大量に作られている。岐阜では「がらたて」は売れないという。
 また、販売用に使われるサルトリイバラの葉は、ほぼすべてが中国からの輸入品で「サンキラ葉」という名前などで店に卸されている。広島や山口、愛媛のスーパーでは、サンキラ葉だけが売られていることもあるという。こんなところにも「葉っぱビジネス」があり、国際化しているのだ。甘い「がらたて」の話がほろ苦くなった。  (文責:堀部 栄次)
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# by hikonekeikan | 2012-10-17 08:27 | 談話室「それぞれの彦根物語」

城下町で、古民家で、はじめる開業支援戦略

篠山からはじめる・篠山ではじめる

                谷垣 友里 ROOT代表
                      20120902 @ひこね街の駅寺子屋力石

注目される篠山
 兵庫県篠山市、神戸・京都・大阪から電車や自動車で70分で行ける人口4万人の小さな町だ。丹波黒豆の産地として、また盆地に発生する雲海で有名な町だが、今、20~30代の女性をターゲットにした雑誌に頻繁に登場している。京阪神からすぐに行ける「ちょこっと旅」の人気スポットとして、「新店続々の篠山」、「篠山・ごちそう&器」、「新店めぐりと里山ごはん・篠山」、「新しくできたカフェ・ギャラリーへ」などと新しい店舗が紹介される。
 なぜ、地方都市の、しかも店舗がこれほど注目されるのだろうか。


城下町の活性化をめざして
d0087325_743842.jpg 篠山市の中心部には、篠山城址の西から南を経て東にL字型に伸びる国指定重要伝統的建造物群保存地区がある。一つは御徒町武家屋敷群、もう一つは河原町妻入商家群で、ともに平成16年に指定され、平成19年に「美しい日本の歴史風土100選」にも選ばれた地域だ。しかし、年間250万人にもなる観光客は、2~3時間の滞在で、お城の北の二階町付近で丹波黒豆などのお土産を買うとバスに乗って次の観光地に向かうのが常だった。

 一方、河原町妻入商家群のある河原町商店会は、かつて地元客でにぎわったが、幹線道路沿いの大型店に買い物客を奪われ、活力は大きく低下していた。篠山市商工会は空き店舗対策事業に力を入れたが、平成17年から22年の5年間だけで中心市街地の店舗数は約350軒から約300軒に減少した。登録された空き店舗数は、平成22年で13店舗だが、実際にはさらに多くの空き店舗、空き家が存在し、やがては解体され、美しい町なみの崩壊につながると危惧されていた。
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 篠山の資産である城下町の古民家(町屋、武家屋敷など)を再生・活用し、特色のある店舗を展開して、観光客を回遊させ、地域の活性化を図れないだろうか。だれもが考える対策だが、実現はむずかしかった。

d0087325_79176.jpg 谷垣 友里さんは、平成21年に結成された空き家活用プロジェクトチームの地域調整役として、この難問に挑戦した。 そして、ササヤマルシェというイベントに出店した15者の開業希望者のうち、平成22年度中に3者が本格開業し、平成23年にはさらに2者が開業、24年にも2者が開業するという結果につながった。新規開業は、市中心部以外にもひろがり、5km離れた日置地区でも江戸時代の庄屋屋敷を改装した複合店舗が開業したという。

 平成24年9月2日、谷垣さんは、城下町である滋賀県彦根市の花しょうぶ通り商店街に招かれ、「ひこね街の駅・寺子屋力石」で「篠山からはじめる、篠山ではじめる」というテーマで発表を行った。そこから、城下町における新規開業支援の成功要因を探ってみよう。


城下町ではじめる、古民家ではじめる
d0087325_7112664.jpg 城下町で開業することは、他の場所で開業することと、どう違うのだろうか。
 篠山の場合、そのメリットは、住民やNPOの力によって守られ再生されてきた重要伝統的建造物群保存地区の美しい町なみが観光客を惹きつける点にある。デメリットは、商店街としての活力が低下し空き屋が目立つ人気のない町では来店者を確保できない点、閉鎖的な人間関係の影響でよそ者が革新的な店舗展開をする際には、既存店や地域との合意形成をしながら進めて行くために時間がかかる点があげられる。

 次に、古民家で開業することのメリットとしては、レトロな雰囲気や、歴史を感じる落ちつける空間を活用して、手作りの良さ、本物の良さ、ナチュラルさをアピールできる点がある。デメリットとしては、古民家の所有者が近隣との人間関係を配慮して売却や賃貸を避ける傾向にあり、物件があるにもかかわらず流動化しないこと、長年放置されてきたため、改修に人手と時間と費用がかかりすぎることなどがあげられる。また近隣との人間関係が濃密なため、自分の店だけでなく、近隣との調和や連携が求められることが特徴として挙げられる。

 これをみると、新規開業者は、顧客獲得などのビジネス上の課題や古民家の改修費の負担だけでなく、古民家の掘り起しや、所有者および地域の人々との十分な話し合いによる理解と問題解決など、多くの労力と時間を要とする課題に直面する。人員も資金も限られている新規開業者にとっては極めてハードルが高い。地元に理解者がいて、戦略的かつ継続的な支援をしてくれなければ、とうてい開業できそうにない。


みんなではじめる
d0087325_7385075.jpg 篠山では、平成21年、空き家活用プロジェクトチームが発足した。構成員は、篠山商工会空き店舗対策係、篠山市政策部帰ろう住もう係(移住定住促進)、篠山市の歴史文化施設の運営管理や農村集落の再生などのまちづくりを行っている一般社団法人(ノオト)、開業実績のある合同会社、古民家再生を手がける建築家の5者である。これらの機関や団体は、それぞれに「空き家対策」「開業者誘致」「まちづくり支援」「古民家再生」を行っていたが、プロジェクトチームで情報を共有するとともに役割分担することによって、より効果的に動けるようになった。

 たとえば、同じ古民家の空き家に対して、町なみ保存と開業者誘致の関係者が別々にアプローチしたため、所有者が混乱し、以後コンタクトできない事態に陥ったことがあった。そこで、プロジェクトチームでは、ファーストコンタクト者が担当者になるというルールを決めた。関係者で個人情報を共有することは困難なので、担当者が窓口となり、常に窓口を通してコンタクトする方式とした。

 そして、一般社団法人ノオトには、魅力ある商店主の選定を担当する商店主誘致マネージャーと新規開業者を迎える地元の商店会、自治会などとの連絡調整を図る地域調整マネージャーがおかれた。この地域調整マネージャーが谷垣さんだった。

 チームは、最初に、基本となる「地域力」(町の歴史、地域資源)の把握を行い、めざす活性化の方向性を確認した。次に、商店会の調査や退会届から空き家のデータを把握し、物件の状況を確認した。
 そして、開業希望者の発掘、募集、誘致に取り組んだ。希望者は、まず商工会などに相談に行くことが多く、商工会が中心になってリストを作成した。その中から、商店主誘致マネージャーが中心となって出店してほしい開業希望者を選び、お試し出店の機会としてササヤマルシェというイベントを10月に開催した。
 ササヤマルシェで手ごたえをつかんだ希望者には、ノオトと建築家等が一緒に空き家の改修を実施するとともに、地域調整マネージャーが、所有者と開業者のマッチングや地域住民、既存商店主、自治会などへの説明を行い、合意を形成していった。

 谷垣さんは、都市計画や建築の専門家ではない。教育学を学び、ワークショップのファシリテーターとしての経験を積んだ。彼女は、県外から篠山の魅力にひかれ、廃校となった小学校を活用した篠山チルドレンズミュージアムの学芸員(教育普及担当:ワークショップファシリテーター)に就職し(現在は休館中)、社内異動により篠山市が出資する一般社団法人ノオトで働くことになる。そこで、彼女の行動力とファシリテーターとしての力、一人ひとりの考えを活かし、むすびつけ、行動へと促す力が発揮された。


「暮らしの町」であることを第1に
d0087325_8161711.jpg 一般に、開業支援は、開業希望者の意向を最も重視し、既存店主、自治会、近隣の人の順で調整を行う。しかし、谷垣さん達は、城下町で一番重視すべきはそこに暮らしている人であって開業希望者ではないと考えた。

 城下町の商店街では通年で様々な地域活性化イベントが開催される。そのたびに、歩行者天国にしたらどうか、という意見が出る。しかし、歩行者天国は、観光客には有利だが、自動車を使う地元客や住民には不便になり、地元生活の店と観光客相手の各店の意見が分かれ、結論がでないまま実施不能になっていた。こうした状況では、新しい集客をめざして特色のある店舗展開をする開業者は、地域にとって活力源となるよりも混乱をもたらす厄介者ととらえられがちである。

 生活の町でありながら、観光客も受け入れていくことの難しさを見た彼女達は、「暮らしている人」を第1に、住民自身が未来を自らの力で描けるように支援することを優先した。

 そして、地域に推薦できる開業希望者を選択する方法をとった。
 すなわち、開業希望者には、町なみ保存に取り組む住民や商店街の意向を理解して協力できる(外観などの調和に配慮できる)人を求めた。また、店舗イメージの視点からは、本物を創っている、またはセレクトしている店主で自分の言葉でそれを伝えられる人を、さらに新たな顧客創造の視点からは、本物志向の20~30代女性を惹きつける魅力のある人を望ましい開業者として選ぶことにした。


エリアマネジメント
 篠山の開業者支援活動のもう一つの特徴が、「エリアマネジメント」だ。プロジェクトチームは、観光客が大型バスでやってきて、お城付近でお土産を買って帰る通過型観光の現状に対して、篠山の美しい町なみを積極的にPRし、「町あるき」へと誘導することをめざした。そのためには、町なみの中に素敵なお店を点在させて、ガイドブックとマップで「町あるき」に誘うしかない。

 慎重な観察の結果、パイオニアである20~30代の女性達は、「Richer」「SAVVY」などの雑誌で紹介されるその土地ならではの個性的な店を訪れ、おいしいもの、話題性のあるもの、同世代の共感できる店主との会話に惹かれていることがわかった。

 そこで、チームは、空き家をマッピングし、町歩きには、この場所にこのような店舗が望ましいという理想図を作成した。そして、エリアの特色にふさわしい、地元の人々に受け入れられる商店主に開業を奨め、開業後は、ターゲットとする若い女性に伝わるように雑誌やテレビ番組などに積極的なプロモーション活動を行った。
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イベントではじめる
 開業者の視点でみると、城下町の人通りの少ない場所での開店は極めてリスクが高い。最大の問題は、顧客が来ない点だ。開業者は、当然だが認知度が低く、顧客が来なければ本当のニーズもつかめない。また、実際に古民家での店づくりがうまくいくかどうかも大きな問題である。

 そこで、谷垣さんたちは、お試し出店の機会を作った。ものづくり市「ササヤマルシェ」である。マルシェの開催場所は、重要伝統的建造物群保存地区の「河原町妻入商家群」で、住民が実際に暮らす町屋の土間や一間を借りて、1日単位で最長1ヶ月までお試し出店ができるようにした。そして、イベントの広報、プロモーションを大規模に行い、京阪神からの集客を図った。
 会場では、来場者にマルシェマップを配布し、手作り感あふれる斬新なストリート・ディスプレイで誘導、町あるきとお店めぐりを楽しめる工夫を凝らした。マルシェは10月の毎週末に開催し、お試し出店は14組で、7日間で8,700人の来場となった。この背景には、河原町商店会、上河原町自治会、下河原町自治会の全面的な協力があった。

 マルシェによって、人通りのない静かな古民家の町が、歴史を感じさせる町なみの中に、クリエイティブなショップが点在する「おもしろい町」へと変化しはじめた。こうした視点転換によって、新しい未来、新しい価値を人々に見せ、次の時代への起爆剤となることこそイベントの使命である。
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篠山で開業する
 ササヤマルシェで手応えをつかんだ開業希望者は、11月に2組、さらに2月にかけて1組が本格的に開店した。木の手作りおもちゃ、沖縄雑貨のお店「ナチュラルバックヤード」、武家屋敷エリアで開業した高級中国茶と飲茶の店「岩茶房 丹波ことり」、20~30代をターゲットにしたデザイン性の高い雑貨と若者が集える店「プラグストア」だ。

d0087325_8134872.jpg なかでも、「岩茶房 丹波ことり」の武家屋敷エリアでの開業は、それまで1軒も店舗がなかった地域での開業であり、エリアマネジメントの点からも画期的であった。
地元住民からは、店ができると観光客が来て家の中をのぞかれるので困る、他人は入れないなどの意見があったが、最終的に店主が篠山生まれ篠山育ちで、地域の住民達も店主の人柄を小さな頃からよく知っていたことが信頼となり、開店につながった。d0087325_7542451.jpg

 どの開業者も、篠山に強く惹かれ、篠山でより高い質の商品やサービス、店舗の開発をめざしている。  
特徴的なのは、店舗が連携して、他の店のショップカードを置き、お客を次の店につないでいく仕組みができていることで、これはエリアマネジメントの考え方がよく理解されている証拠でもある。


空き家を「個人」資産から「地域」資産へ
d0087325_823918.jpg 古民家の賃貸は、物件があるにもかかわらず貸したがる家主が少ないうえに、改修に多くの手間と時間と費用がかかり、特に改修費の見通しがつきにくいという問題がある。
 このため、篠山では、一般社団法人ノオトが窓口になって古民家の賃貸物件を掘り起し、家主と話し合い、家主負担なしで改修して新しい商店主にサブリースする方式を採用している。これは、空き家を「個人」資産から「地域の共有」資産として活用するという考え方で、公的資金で改修することから、家主とは10年間の賃貸借契約をほぼ無償で結び、10年後の満期時に家主に返還する。

 こうした事業スキームが成り立つには、まず改修費を極力抑える必要がある。ノオトとともに活動しているNPO法人町なみ家なみ研究所では、プロの職人の指導を受けながらボランティアの手によって最低限の改修することで改修費用を抑えるノウハウを持っている。
 またノオトは国・県・市の補助金1/3〜2/3のほかは改修費用を自社調達してまかない、自社調達分をサブリースした商店主からの10年間の家賃で回収する事業スキームを採用している。なお、設備の導入は商店主の負担だ。


城下町、古民家を、弱みから強みに変える
d0087325_851064.jpg 谷垣さん達が優れていたのは、「町なみ保存」、「空き家活用」、「開業者誘致」、「古民家再生」を総合的に把握し、個別の方法論にとらわれずに「まちづくり全体の方向性」のもとで組み合わせた点だ。これは、ファシリテーションで強調される「鳥の目の視点」である。それを関係者が共有したことで、それぞれの活動がかみ合い、短期間での古民家再生、空き店舗開業、観光振興の実現につながったとみられる。

 新規顧客のターゲットを、パイオニアである20~30代女性としている店舗や地域は多い。篠山が、同じポジションで競争しても、京阪神の都市と比べると不利である。そこでポジションを、城下町、古民家の強みを生かせる軸に変えることによって、差別化を図った。古い埋もれた町でこそ、新しい感性との結合によって創造が生れる。濃密な人間関係は、うるさい反面とても温かい。古くて面倒くさい生活は、伝統の知恵が詰まっている生活へと変化する。

 谷垣さん達が挑戦したのは、弱みを強みに変える視点転換と新結合だった。それが、商店主にも訪れる若い女性たちにも共感された。そして、より根本的な挑戦は、未来に向けた地域の人々の合意形成を支援することだった。   (文責:堀部 栄次)
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# by hikonekeikan | 2012-10-04 23:14 | フォーラム

談話室「それぞれの彦根物語」2012.9.22

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# by hikonekeikan | 2012-10-01 14:42 | 談話室「それぞれの彦根物語」

政治と行政と市民活動の未来に向けて

それぞれの彦根物語93

彦根の「殿様文化」を打破するには

                        山田貴之さん (滋賀彦根新聞社編集長)

平成24年7月21日
ひこね街の駅「寺子屋力石」

新聞が語る彦根の市民性
d0087325_23242193.jpg あなたが彦根に住もうと家を探しているとき、近所の人から次のような話を聞いたらどう思うだろう?「彦根の住民は、出る釘を打つ性質があるので、何があっても黙って従っていたほうがよい。前例とか順序にこだわって、排他的で傲慢。新住民は5年間発言を認められない。自分の身の回りのことに不満ばかり言って、行政のせいや他人のせいにしてくる。市民がこんな状態だから市役所も何もしない」。
 まさかと思い、「そういうあなたはどうなのですか?何もしないのですか?」と問うと「当たり前だ。誰もが見てみないふりをする。出しゃばって損をするのはバカ者だ」。こんな経験をした人が参加者に3人もいることが明らかになった。

今回の彦根物語の語り手は、山田貴之さん。滋賀彦根新聞社の記者兼編集者である。滋賀彦根新聞は、彦根市と甲良町、豊郷町で約1万部を発行。水曜日、土曜日の朝日新聞の朝刊に折り込まれ、ローカル誌として県政、市政、地域の諸問題、スポーツ、イベントなどの情報を伝えている。

 これまでの彦根物語は、初めに一方的に話を聞き、後で質問するスタイルだったが、山田さんは最初に自らの書いたコラムを参加者に朗読してもらい、それについて参加者に意見を聞き、最後に自分の見解を述べる。これを3回繰り返して、参加者の体験や意見をうまく引き出した。


彦根の殿様文化とは
 冒頭の市民体質を山田さんは「殿様文化」という。彼の書いた2011年8月2日のコラム「殿様文化が続くのか」では、「行政は殿様きどりで、市民は殿様頼りの資質だといえる」と批判している。そして、江戸時代の260年間、彦根藩を治めつづけた井伊家の支配と、昭和28年5月から平成元年5月まで36年間、井伊直愛氏が市長を勤め「殿様市長」と呼ばれた歴史に関連づけている。

 会場からは、市の行政体質として、「上意下達で施策を市民に押し付ける」、「社会の動向に疎く、市民も行政も内向き」、「提案は前例がないというだけで無視される」、「殿様というが、殿様らしいリーダーが不在」、「重要な情報の公開が少ない」などの意見が出された。

 そのなかで、注意を引いたのは、花しょうぶ通りの商店主たちの発言だった。花しょうぶ通りでは平成10年頃からまちづくりに取り組み、儲からないことに力を注ぐバカ者と呼ばれてきた。まちづくりに取り組む以前は、行政批判ばかりで自分たちは何もしなかった。これでは何も変わらないと気づいて、「百の愚痴より十の提案、一の実行」をスローガンに有志で実践してきた。自ら実行しないで批判ばかりする市民評論家が多いが、外からみると市民も市役所も小さなコップの中の争いをしている。変えたいと思い行動する人には未来は変えられるという内容だった。
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岐路に立つ彦根観光協会の危機
 次に山田さんが取り上げたコラムは、2010年3月27日の「観光都市・彦根の街づくりへ『市民の協力が不可欠』」だった。観光振興は、彦根城築城400年祭を契機に、行政主導から市民団体・民間主導に変化しつつあるが、一方で問題も発生しているとして彦根観光協会の問題を紹介された。

 2012年正月号に掲載された故・上田健吉彦根観光協会会長へのインタビューによると、観光協会は、大きな岐路に立っていた。財政難の市から委託される観光イベントがこのまま続けていけるかを問題とされ、行政の下請け発想から、誘客を主体とする民間の発想への転換が必要と上田氏は発言している。しかし、市役所と観光協会で判断がすれ違う点、彦根商工会議所、観光協会、文化プラザ、彦根市の各イベントなどがバラバラで連携がない点、宣伝が下手で、お客様が欲しい情報が伝わっていない点をあげ、諸団体の一体化や着地型観光の充実など観光協会の課題は多いが頑張りたいと抱負を述べられていた。

 ところが、2012年5月の滋賀彦根新聞に掲載された投書で、観光協会の幹部職員4人が相次いで辞職したことが明らかにされた。投書によると、観光協会は市からの委託イベントで手いっぱいで、他市の観光協会が行っている新規観光客の誘致、情報発信、イメージアップ、新商品の」売り込みができない状態にあったが、それでも民間旅行業出身の職員が旅行業免許を取得して独自の着地型観光商品を作り、大手観光業者と組んで独自展開を図ろうとした。

 これが市役所の方針と対立し、まず市役所の天下り幹部2名が引き上げられ、ついで旅行社出身の幹部2名も退職に追い込まれたというのだ。投書は、その原因を、市役所は観光協会を行政の下請けとみており、天下り先を確保するために独自収入を嫌い事業展開をさせないようにしたという。ここに、市役所の官主導体質と傍観者をきめこむ会員の行政依存体質、つまり「殿様文化」が現れていると山田さんは見ている。


殿様文化を打破するためには
 こうした状況は、彦根独特のものではない。日本全体に通じる体質である。こうした体質を変えるにはどうすればいいのだろうか。山田さんは、2011年11月30日のコラム「橋本徹首相待望論」を引用し、公務員制度改革と行政改革を徹底的に進めるリーダーになれる政治家の出現を待望する。

 本来、市民を代表して政策的な意思決定をすべき政治家や地方議会の議員が機能せず、執行機関に雇われた職員の集団である行政に政策形成が支配されている現状を打破しようとしているのが大阪市の橋本徹市長であるとし、彼には、時流に乗った政策を貫く信念と、それを実行する突破力がある。独裁との声もあるが、議論を重ねた上に実現していく独裁スタイルは必要であるとした。

 最後に、山田さんは、彦根では来年4月に市長選挙がある。3年後には市会議員選挙がある。市行政と市議会が生まれ変わり、行政依存体質を打破するには、民間や市民活動の中から強いリーダーシップをもつ首長や議員が出てほしいと結ばれた。
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市場の失敗、政府の失敗、中央と地方の失敗
 この問題を大きな背景から見てみよう。
 私たちの日常は、水道、下水道、道路、学校教育、警察、消防、ごみ処理などの行政サービスに支えられている。また、河川や公園などの整備、農業や商工業・観光の振興、都市計画など地域社会の安全・安心や活性化にも行政は大きく関与している。さらに、準公共サービスには、医療や介護、公共交通、電気やガスなどが含まれる。

 これらの多様で豊富な公共サービスを供給することで、各省庁や地方自治体は、多くの組織と資金を使い肥大化してきた。その結果、深刻な財政危機に陥っている。民間なら破たん・清算となるのだが行政は簡単にいかない。そこで、事業の仕分けによる廃止や民営化、民間手法の導入などの「市場化」が追及されているが、痛みを伴う改革は不人気である。その延長線上に消費税増税と徹底的な行政改革が対比的に議論されている。同時に、肥大化した行政をコントロールできない政治の能力(ガバナンス)が常に課題となっている。橋本徹首相待望論もこうした背景を持っている。

 さらに大きな歴史をみると、近代の産業社会が生み出した貧困や公害、無秩序な開発などの「市場の失敗」を解決するための一つの方法として生まれたのが行政サービスだった。しかし、官僚組織やサービス組織の肥大化などによる「政府の失敗」により、今度は「市場原理の導入」が課題になっている。

 その上、政府=中央官僚行政であった日本には、「中央と地方の失敗」も重なっている。中央省庁が詳細に地域の行政に関与する官僚主導の伝統から、地域の実態や優先順位を無視した政策が生まれた。過疎問題はその典型である。中央官庁は、法令で詳細に基準を決めて、均等であるが画一化したサービスで解決しようとし、市町行政は盲目的に受け入れたが、これは救済ではあっても自立の支援ではなかった。山村に道路、砂防、治山、ダム、造林など多くの公共事業が投入され、水道、下水道、集会所などの生活環境の改善を行ってきたが、人口は減りつづけ高齢化しつづけている。


協働か下請けか
 彦根観光協会は、公益社団法人である。従来の公益法人は、民間団体の形をとってはいるものの、行政の仕事を独占的に下請けし、役員には行政OBが多数就任して、「官益法人」とも揶揄されていた。このため、2007年に公益法人を改革する法律が成立し、官庁による公益性の認定が否定された。

 彦根観光協会は、新しい法律による公益性の認定を受けている。おそらく、新制度に移行したことで、従来の考えと新しい考えの対立が表面化したのだろう。これは、NPOにも共通するが、「協働-パートナーシップ」や「市民と行政の協働」は、容易に「下請け」に変質し、団体自体が行政依存体質に陥る可能性がある。公益の定義が明確ではないだけに、同種の問題はこれからも起こるだろう。問題のカギは「お金の流れ」にある。公益性をもつお金の流れが、行政からの委託金だけであれば、やがては行政の下請け化してしまうだろう。
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政治と行政と市民の非営利活動の関係
 本来の政治とは、対立する考えや利益を調整して集団としての意思を決め、実現することである。そして、行政は、政治の意思決定を実現するために、議会から選ばれた、または市民から直接に選ばれた執行部(市長や知事)の監督のもとで行われる雇われた人たちの集団作業である。

 しかし、現代の大規模化・複雑化した社会の問題解決には、専門家の知見や調査能力が必要で、その結果、政策形成が専門家集団に任せられてしまう傾向が生れた。そして、政策形成の利害の調整や執行の利害調整までもが雇われ人や専門家で行われてしまっている。これは、一面の真実である。専門的な集団の行動を、いかに市民の意思のもとにおくかとなると、政治家の政治家としての能力の向上が必要不可欠になる。山田さんのカリスマリーダー論につながる。

 この問題の解決には、もう一つの側面がある。公益性をもつ仕事は、行政だけが行うのではなく、市民の自主的共同作業でなしうる余地を現代でも多く残しているという点だ。むしろ、行政サービスが解決しえない問題、それは大規模化した社会ゆえに生みだされる個の孤立や家族、地域コミュニティの崩壊などに起因する問題については、政府でも市場でもない市民による非営利活動が最も有効であるといえる。

 われわれは、自分自身で「誰のために」、「何のために」行う公共サービスかを問う必要がある。同時にそれを「誰が実行するのか」、「誰が負担するのか」を問わなければならない。当事者意識をもつ自分化した公共活動こそ、自治の基本だからだ。行政依存は愚痴を生むが、自ら行う非営利活動は自治を生む。(By E.H)


次回は
それぞれの彦根物語94
「ガラタテ」考
金子 孝吉(彦根景観フォーラム監事、滋賀大学教授)

平成24年9月22日(土)10時30分~12時
ひこね街の駅「寺子屋力石」

「ガラタテ」とは、小豆餡を米粉(または小麦粉)製の皮で包み、サルトリイバラの丸い葉ではさんで、蒸して作るもので、彦根や湖北地方などで初夏に食べられている伝統のお菓子です。ガラタテという呼び名の由来やサルトリイバラの葉を用いたお菓子のさまざまな名前の不思議に迫ります。

ひこね街の駅「寺子屋力石」では、美しいランプ展を開催中。その一部を少しだけ紹介します。
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 白洲 千代子展のお知らせ
 ジュエリー作家、白洲千代子さんの展示会を8月18日~9月9日まで、寺子屋力石のギャラリー&カフェ寺子屋で開催。
 近江のかくれ里の美しさを見いだし、深く愛した「白洲正子」。白洲家の孫として今を生きる彼女が紡ぐ「煌めき」。初日と最終日には、白洲千代子さん自身が来られます。

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# by hikonekeikan | 2012-08-08 23:12 | 談話室「それぞれの彦根物語」