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NPO法人 彦根景観フォーラム

辻番所サロン・芹橋生活 第3回 開催のお知らせ

【辻番所サロン・芹橋生活3】 平成21年2月15日(日)10:30~12:00

「芹橋足軽組の居住配置の復元」
           渡辺 恒一(彦根城博物館学芸員)


 組を単位として組織され形成されたといわれる善利組足軽屋敷ですが、どのような配置になっていたのでしょうか。 辻番所の位置や複雑な住居の配置など謎が多い「組屋敷」の配置について話していただきます。
 江戸時代の絵図と城下町の町割(街路)がしっかりと残っている彦根ならではの居住配置の復元にご期待ください。

会場:彦根市芹橋二丁目 辻番所・足軽屋敷
定員:30名   ※暖房費 100円
主催:NPO法人彦根景観フォーラム、彦根辻番所の会
※駐車場はありません。駐輪場は利用していただけます。
# by hikonekeikan | 2009-02-11 17:16

それぞれの彦根物語58、59 開催のお知らせ

◆NPO法人彦根景観フォーラムでは、ひこね街の駅「寺子屋力石」で、土曜日の午前中に、 
 《談話室》「それぞれの彦根物語」を開いています。
◆「それぞれの彦根物語」を話の種に、みんなで語り合い、彦根での楽しみごとを共有し、
 より充実した生活につなげようという企画です。


【彦根物語58】 平成21年2月14日(土)10:30~12:00
 「彦根リキシャにかける夢」   
    竹内 洋行 (LLPひこね街の駅委員,彦根リキシャプロジェクト委員)


『彦根リキシャとは彦根製のオリジナル自転車タクシーです。
日本の町並みに似合う車体を地域に根ざす人々の技と力で作りました。
箱型のキャビンをリヤカーのように自転車で牽引して走ります。
今回は製作の意図と夢を語ります。』
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【彦根物語59】 平成21年2月 21日(土)10:30~12:00
 「報道記者が見た滋賀の政治」   
   山田 修 (元BBCびわ湖放送記者)
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『滋賀県の1970年代から2000年にかけての4半世紀の政治は様々な出来事が起きた時代でした。滋賀の政治を振り返ることで政治を良くするきっかけについて共に考えたい。』



コーディネータ:山崎 一眞
 (NPO法人彦根景観フォーラム理事長、滋賀大学産業共同研究センター教授)

【会 場】街の駅「寺子屋力石」
(彦根市河原2丁目3-6 花しょうぶ通り TEL:0749-27-2810)

●《談話室》「それぞれの彦根物語」は大変好評ですので、地域活性化に
寄与する「彦根」をテーマとした語り部事業として引き続き継続していきます。
〔話し手〕として〔聞き手〕として、ドシドシご参加下さい。
# by hikonekeikan | 2009-02-11 16:54 | 談話室「それぞれの彦根物語」

里のつどい4 「みそづくり体験」 フォト・レポート 2009年2月7日

「多賀里の駅」・一圓屋敷は、里の自然、文化、実りを満喫するプラットホーム

 NPO彦根景観フォーラムでは、寄付された古民家「一圓屋敷」を活用した「地域おこし」、「まちづくり」、「都市と農村との交流」の活動を、地元の「多賀クラブ」の皆さんと一緒に進めています。
 「里の駅」は、地元の人々も、都市の人々も、旅行者も利用できる駅のような共有財産(コモンズ)としての古民家の保存・活用をめざしています。

「里の集い」&「地元農家の野菜市」
 毎月第1土曜日は、「里の集い」と「地元農家の野菜市」を開催しています。
2月7日(土)は、「みそづくり体験」でした。多賀クラブの皆さんたちが、事前に準備を整えて、手早く大豆をつぶし、麹を混ぜて味噌を作る熟練の技を披露してくださいました。
そして、参加者にも体験させてくださいました。味噌づくりの参加者は34人でした。

 この日は、1月11日(日)の朝日新聞で紹介されたこともあり、たくさんの人が集まっていただき、にぎやかで、楽しい時間を過ごせました。
 子供さんを連れてきてくださった方や、初めての方も多く、多賀「里の駅」が少しずつ知られてきている手ごたえがありました。
 また、新聞を読んで、一圓さんの親戚の方も草津から来てくださり、小さい頃に泊まった家の様子や馬のことなど、なつかしい話をきかせてくださいました。「大切に使ってもらっているのを知って安心した。」と言ってくださいました。
 みんなが集う楽しい場所として、広がっていくようにしていきたいですね。

 では、フォトレポートをどうぞ。


手作りみそ    
       材料 大豆 1.5kg(約1升)
           米麹 1.5Kg(約1升)
           塩500g

作り方
①大豆は、洗って塩をひとつまみ入れ、3倍の水に一晩つけておく
②豆をやわらかく煮る(豆を指でつまんで花形につぶれるくらい)
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いい香り。すこしつまみ食い。「どう、おいしい?」とちいさな子に食べさせ、自分も食べる。
何も加えない豆本来のやさしいかすかな甘さとこくがある。大人にも勧める。みんなで
食べれば怖くない。
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③煮えた豆をざるに移し、煮汁(あめ)はよくさましておく。(あめは後で使用する)
④豆はあついうちによくつぶす。(すり鉢、もちつき機などで)
⑤つぶした大豆は、よく冷ます。急ぐときは、扇風機やうちわを使う。

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⑥麹は手でよくほぐし、塩と混ぜ、塩麹をつくる。
⑦冷めた大豆と塩麹を木じゃくしでよく混ぜ合わせ、「あめ」を7~8カップほど加える。
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⑧壺か広口のびん(プラスチックではない方がよい)は、熱湯でよく洗い水分をよく乾かしておく。
⑨容器に詰めるときは、空気の残る隙間ができないように、きっちりと詰める。
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⑩表面をラップで覆い、「ぬか座布団」か「塩座布団」で空気に触れないようにしっかりと押さえ、
さらにビニールか紙で覆い、ゴム紐でくくっておく。
 これが、「塩座布団」。大量の塩をビニール袋に入れて表面を押さえ、密封する。
なぜ、塩なのか?殺菌作用があるから? では、砂糖では?と大論争に発展しかけたが、
「なんでもいいんだけど、塩は安いからよ。」の主婦の一言で決着。
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保存場所
 日陰で温度差の少ないところがよい。ガラス容器の場合は、日光などが当たらないように全体を紙で覆っておく。
発酵が進み、夏を越すとおいしい味噌ができます。表面に部分的にカビが発生することがありますが、取り除いてください。
自分で作った味噌が出来上がるのがとても楽しみです。


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みその甘さと野菜の甘さがみごとに溶け合った味噌汁、古代米を加えたご飯と漬け物の簡素な昼食ですが、おいしくてみんながお代わりをし、多賀クラブの皆さんの分がなくなってしまいました。ごめんなさい。軒先では、恒例の野菜市。おつけものがおいしそうで、買いました。
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 一圓屋敷に飾られた大きなお内裏様とおひな様。
殿上飾りは、いわゆる高貴な人を表現した顔や衣装で、現代人の我々がみても日本人の理想とした美しさに見とれてしまいます。
この髪飾りは、豪華ながら、どこかに清楚さを感じさせますね。
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 このお雛様は、彦根市花しょうぶ通りの寺子屋力石で展示していただけるとのことです。
みなさんに見てもらえるのを楽しみにしています。

次回のお知らせ                         
3月7日(土)は、「ふきのとう三昧」です。
あわせて、井伊直弼も泊まった大庄屋である一圓屋敷の実測調査結果を滋賀県立大学人間文化学部の濱崎教授に報告いただきます。
 是非お出かけください。
 
「多賀クラブ」のブログは、こちら。 http://blog.taga-station.com/ 
# by hikonekeikan | 2009-02-11 11:30

第2回 辻番所サロン「芹橋生活」  2009/01/18

身分移動する下級武士 ―足軽と武家奉公人―   
              東谷 智(甲南大学文学部准教授)

 辻番所サロン「芹橋生活」の第2回目は、甲南大学文学部准教授 東谷 智さんが、一通の宗門送り状を読み解き、「下級武士の身分移動」という固定観念を破る実態を明らかにされた。

 東谷さんは、若い頃に彦根市史の編纂にアルバイトとして関わり、原史料にあたった経験をもつ。専門は日本近世史で、藩政機構・行政のしくみを研究対象とされ、フィールドは越後長岡藩、越前鯖江藩、津藩、彦根藩、山上藩(永源寺山上)、水口藩に及んでいる。自治体史の編纂にも関わり、「蒲生町史」、「永源寺町史」、「近江秦荘の歴史」の編纂や日野町、甲賀市の歴史調査にも参加されている。
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一通の宗旨送り状から
  意外だったのは、東谷さんの解説で一通の宗旨送り状が読めたことだ。
古文を読むのは苦手と思っていたが、足軽屋敷で記録文を読むと現場の臨場感とともに、多くのことが判明して楽しかった。少し長くなるが、紹介する。

 覚(おぼえ)
             舟橋右仲組(ふなはし うちゅうくみ)
                村瀬杢太夫妹(むらせもくだゆういもうと)
                        やお
一(ひとつ)
右之者、此度其村方新兵衛(みぎのもの、このたび そのむらかた しんべえ)
妻ニ縁付引越参候、是迄(つまにえんづきひっこしまいりそうろう、これまで)
当組内ニ罷在、悪事・差構(とうくみないにまかりあり、あくじ・さしかまえ)
之筋等無之、宗旨者代々(のすじなどこれなく、しゅうしはだいだい)
本願寺宗、御当地願通寺(ほんがんじしゅう、おんとうちがんつうじ)
旦那ニ候、則願相済候間、当(だんなにそうろう、すなわちねがいあいすみそうろうあいだ、とう)
卯之宗門御改帳御書載(うのしゅうもんおんあたらめちょうおんかきのせ)
可有之候、 已上(これあるべくそうろう、いじょう)

                 手代(てだい)
天保十四年            佐藤 延助 印(さとうのぶすけ)
 卯正月(うしょうがつ)    同(どう)
                    古川 牧太 印(ふるかわ まきた)

  蒲生郡市原野村(がもうぐんいちはらのむら)

            庄屋(しょうや)

            横目中(よこめちゅう)

 現在の役所では、私が生まれ、結婚し、子供が生まれ、死んだという情報を戸籍台帳でとらえ、住んでいる場所を住民基本台帳で把握する。それを変更するのは出生届や死亡届、転出届と転入届などである。
 こうした個人把握(人別という)を江戸時代は小さな町や村の庄屋や役人が宗門改帳に記載して毎年3月に領主に提出することで達成していた。宗旨送り状は一種の転出届であり、転入届が宗旨受取り状に相当する。
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武士から百姓へ
 ここに掲げた天保14年正月の宗旨送り状では、彦根藩士舟橋右仲(300石取り)に預けられた彦根藩鉄砲足軽三十人組の村瀬杢太夫の妹「やお」が、蒲生郡市原野村(現在の東近江市市原野町)の百姓・新兵衛の妻として嫁入りしたので、市原野村の宗門改帳に記載するよう依頼している。発行人は足軽手代の佐藤 延助と古川 牧太、受取人は村の庄屋と横目(目付)である。
 彦根藩では足軽は武士身分であるから、「やお」は武家から百姓に身分移動したことになる。宗旨送り状はそれを公式に認めている。

 300石取りの武家と百姓が結婚することは身分社会ではあり得ないが、足軽と百姓では身分が違うもののクラスは釣り合うと認められていたと推定される。
 想像力を逞しくすれば、何らかの事件や事情で足軽の妻が百姓出身であったり、百姓が足軽に採用されたりすることも、逆に足軽の世帯が百姓、町人になることも十分考えられる。
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武家奉公人
 もう一つの身分移動が「武家奉公人」である。
 武家奉公人とは中間(ちゅうげん)、小者(こもの)を指すのが一般的で、足軽を加える場合がある。中間・小者の定義は地域・藩・武家によって意味合いが異なり、区別が難しい。一般的に、中間とは武家の雑用を行い、大名行列では奴(やっこ)の役を務める期限付きもしくは一時雇いの奉公人で、小者は、武士の私的奉公人で住み込みで雑用を行ない、下人とも下男ともいう。
 これらを一括して「武家奉公人」と定義している。武家奉公人は、元来は税として村に奉公人を出すように賦課したものだが、次第にお金で納めるようになり(代銀納)、そのお金で奉公人を雇う形に変化した。

武士と武家奉公人が混在する下級武士
 上記のように従来は中間・小者を武家奉公人ととらえ、人別を村に残したまま(百姓身分のまま)武家に奉公する者と思われてきたが、東谷さんの研究により中間・小者の中には「武士」と「武家奉公人」が混在していることが明らかになった。
 享和2年(1802年)、彦根城下平田町では、女性の当主32名のうち10名が夫もしくは倅が「奉公人」と記されており、これは夫や倅が人別を武士に移動したため女性が当主になったとみられる。一方、平田町の105家のうち20家が武家奉公人とされており、これは人別を移動しない本来の「武家奉公人」である。

 このように、中間・小者には武士になるもの、ならないものがあり、複雑な身分移動が起こっている。こうした状況は、彦根藩の場合、足軽になると明確に武士に人別が移動し屋敷地にイエを形成するが、東谷さんが調べた旗本関氏(日野町中山に陣屋があった)の分限帳(武士の職員録)に記載された足軽は人数だけが記載されており、中間・小者と同じ扱いで武家奉公人の可能性が高いと思われる。


 いずれにせよ、下級武士は農民や町人との身分移動や交流があり、決して閉じた狭い世界ではなかったと言える。 芹橋の足軽組でも身分移動の実態が明らかになるのだろうか? 今後の研究に期待したい。

 最後に、もう一つだけ、私は思いたい。
 身分移動する人々が不幸であれ幸福であれ、その時こそ人として輝く真実の瞬間であった。そして、その輝きは今も未来も大切にしなければならないと。       (By E.H)
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 次回は、第3回 2月15日(日)10:30~12:00
渡辺 恒一さん(彦根城博物館学芸員)による「芹橋足軽組の居住配置の復元」です。
組を単位として組織され、形成された芹組足軽屋敷だが、どのような配置になっていたのか。辻番所の位置や複雑な住居の配置など謎が多い「組屋敷」の配置について話していただきます。
# by hikonekeikan | 2009-01-25 00:49 | 辻番所・足軽屋敷

多賀「里の駅」一圓屋敷 「味噌づくり体験」 & 「もちつき体験」フォト・レポート

多賀「里の駅」一圓屋敷 「味噌づくり体験」 のお知らせ

 多賀クラブ(多賀を元気にする有志の会)とNPO法人彦根景観フォーラムは、多賀町一円の古民家・一圓屋敷を、多賀「里の駅」として地域おこしの拠点とすべく、毎月第一土曜日に、《野菜市》&《集い》を開催しています。 多賀の新しい発見を、一圓屋敷から発信します。

2月7日(土) 10:30~12:00 集い4
「味噌作り体験」  (参加料300円)
  多賀で収穫した大豆から味噌を仕込み、味噌汁と古代米入りご飯をいただきます。
  自分で仕込んだ味噌を持ち帰りたい方は、予約をお願いします。
  (限定10名 実費として4kg 3,000円(参加料含む))
  連絡先:多賀クラブ(中川信子090-8791-4470)

今後の予定
  集い5 3月7日(土) 「ふきのとう三昧」
  集い6 4月4日 (土) 「春の野草を楽しむ」



多賀里の集い3 
もちつき体験 フォト・レポート

 1月10日(土)は「もちつき体験」でした。本当の杵と臼でついたもちは、店で買ったものとは全然ちがって、柔らかくて、しかも力強い歯ごたえ。
 では、フォト・レポートをお楽しみください。

杵と臼で、もちつき体験
① 蒸す
 はじめは、水に浸けた「もちごめ」を「せいろ」で蒸します。 餅米は滋賀羽二重を使用。
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② つく 
 蒸し上がると、臼と杵でつきます。ついている人は一般参加者です。
伝統的な餅つきを実際に見て、つき手と手返しの息のあった技に感動。
もちをつく人も手返す人も、動きが早すぎて、室内の光量ではカメラが追いつけません。
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③ つきたて餅の試食
 感心している間につきあがり、小さく丸めて、「きな粉もち」と「大根おろしもち」、「ぜんざい」になりました。よく伸びるおいしい餅を味わいました。この大根おろしが辛い。久しぶりの辛さです。合計4個食べました。
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④不思議な臼
 毎回新しい発見がある一圓屋敷。この日の発見はこの古い臼です。
よく見ると内側に年輪が3つ見えます。つまり、この大きな臼は3つの幹が集まって一本になった木の幹をくりぬいたということ??? 
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⑤ 伝統建築のすばらしさ 棟梁の思い
 同時開催で多賀町商工会主催の建築関係者研修会があり、一圓屋敷の構造説明を滋賀県立大学の濱崎一志教授(工学博士)が講師で行われました。テーマは、「伝統建築のすばらしさ、棟梁の思い」。棟梁でもあるみなさんは熱心に聞かれていました。
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⑥ 上屋柱
 一圓屋敷は何度も改築、改修がされていて、その後をたどることができます。
濱崎先生の説明によると、当初は茅葺きの農家で、四間取りか六間取りで、
改修された後に合掌づくりの後の上屋柱が残っています。これが上屋柱です。
これも新しい発見。


⑦ 合掌崩し
 「茅葺きを瓦葺きの家に改修することを、「合掌崩し、屋根上げ、大かぐら、
継屋」と一般に呼ぶのですが、多賀ではどう呼びますか」、という先生の質問に、皆さんは「合掌崩し」と答えられました。その後、建物を見て回られました。


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⑧ 建具
この建具をみてください。上段に枠がない形式です。濱崎先生は、この形式が年代推定の根拠になるかもと考え、皆さんに質問されたところ、これは近年まであった形式で、これで年代は推定できないという建具屋さんの答えでした。これも発見リストに登録しておこう。
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 地元農家の採りたて野菜市です。くるす古代米・カブラ・トマト・ホウレンソウ・イチゴ・ネギ・ニンジン・サラダ葉・大豆・小豆・黒豆・漬け物などいろいろ。
野菜は50円とか100円という値段。赤カブの漬物200円を2個、イチゴ1パック500円を買いました。イチゴはみずみずしい甘さで、とてもお値打ちでした。
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 9日の滋賀大学の研究会「農家民宿・二地域居住を考える」の講師としてこられた「ふるさと回帰総研」の先生たちと意見交換。
 この研究会では、今後の農山村の振興を図るうえで、特に、多賀「里の駅」事業を推進するうえでヒントになるお話をいただき、可能性を話し合いました。10日は現地で視察をしていただき、実際にいろいろな方向から見てもらうことができました。
久保多賀町長も交えての話ができ、次回は4月3日に来ていただく予定になりました。
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中央が玉田 樹(たつる)氏(ふるさと回帰総合政策研究所 所長) 著書に『兼業・兼居のすすめ』(東洋経済新報社)がある。国土審議会専門委員、内閣官房地域活性化伝道師。

外に出ると、一圓屋敷から見える山は、雪景色でした。かつて関ヶ原の戦いで敵中突破をした島津軍は、V字に切れ込んだこの五僧峠を越えて近江に逃れ、帰国したそうです。
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でも、民家の庭には、すでに春を告げる「ろうばい」が咲いていました。
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# by hikonekeikan | 2009-01-24 12:32